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炎帝と小市民  ※

monogatary.comからの転載。 お題「旬の野菜と木漏れ日の彼」 ***  トマト、ナス、ピーマンにオクラ。素人にしてはよくできたと思う。おそらく味は、特殊なもののはずはなくて、それなりかもしくは劣るだろう。分かってはいるが自分で種を植え、手入れをして、育ててみた夏野菜は楽しみだった。 「あんまり似合わねーなぁ」  俺は白のラッシュガードに農作業用の麦わら帽子を被っていた。それを屈んで見ている彼は、雨用の黒い傘で日除けしている。 「木陰にいろ。日射病になる」 「だから傘差してんじゃん。虫落ちてきそうだし、やだよ」 「傘を差したまま入ればいいだろう」  野菜の周りに生えた不要な草を毟りながら言うと、臍を曲げたのか彼は家に入っていってしまった。そのほうがいい。日本の夏は暑い。熱中症になる。特にこの地域は猛暑日の最高気温を張り合っているくらいだ。  汗が土の上に色濃い染みを作り、雨粒のようだった。彼みたいに日頃動き回る性分(たち)ではないから、自分でも自分の汗を物珍しく感じる。  収穫した野菜は土の上に重ねて置いていた。強い光に照らされて白く光る。張りがあって艶もいい。よく焼いてかりかりにしてからめんつゆに浸けるつもりだ。  彼はよく食べるほうだが、夏も盛りに入るといくらか食欲が落ちるようだ。好きだった肉も米もあまり食べなくなって、そうめんだの冷やして中華だのうどんだのばかりになる。冷えた炭水化物だけになるなら、焼き浸しで少しは栄養を摂ってもらいたい。 「ういーっす」  中でクーラーにでも当たっているのかと思ったら彼は戻ってきた。ペットボトルの麦茶を差し出される。すぐに結露して、水滴が斜めに滑り落ち、また土に色濃い染みを作る。 「ありがとう……」 「へへ」  彼は炭酸飲料の缶を持っていた。安かったから箱で買ったのだった。プルタブが持ち上げられて、軽快な音が弾けた。風鈴の音よりも、セミの声よりも、彼といる夏という感じがした。  彼はこの小さな菜園の脇の木の陰に入っていった。あれは何の木だったろうか。枇杷だったような。あまり木には詳しくなかった。    緑を帯びた濃い陰の手前に斑ら模様の光が差す。それを潜っていく一瞬。俺は立ってそれを見ていた。缶を一気に呷る彼の姿を。反り返る喉元に生命力を感じる。厳しい日本の、この町の暑さに耐えうる。  いい夏にしたいと思った。今年も。昨年より。特別なことは何もないけれど。  ペットボトルの蓋の音が小さく響く。少しの甘みとほのかな苦味。体内に落ちていくわずかな時間の冷気。 *** 夏野菜に果物ぶつけてくるのは野暮 2023.7.5

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