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失恋慰安小旅行(帰省) ※
monogatary.comからの転載。
お題「失恋旅」
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最近の夏は暑過ぎて、セミは囀れないという。
けれどクーラーの寒さで目が覚めて、セミが静かに鳴いているのを聞いた。北向き窓のカーテンの隙間から、生産が終わったか減ったかして、珍しくなったらしい模様ガラスが見え、その奥はすでに明るい。
隣ではこれまた珍しく掛布団に包まっている"友人"がいる。
夏休みを充実して過ごしたいという彼は、ついに想い人に恋心を打ち明けたらしいが、見事に玉砕した。恋人がいなければ夏休みを充実して過ごせない?そんなわけあるか。
暑がりでも、気温23℃の冷房直当たりは寒いらしい。俺は一旦冷房を切って、扇風機へと切り替える。
俺にとっては里帰りだが、彼にとっては夏休みの小旅行といったところだろう。家族がみんなして出掛けていくか出払ったのは俺に気を遣ったのか、ただの偶然か。けれど残念だな。女性 じゃない。いいだろう、別に。友人を家に呼んだって。人は誰しも、常に恋愛を求めているわけではないのだし……
ベッドの下、俺の足元にある寝顔を見つめた。人は誰しも、なんて主語が大きい。俺は人だが、人は俺ではない。人は恋愛を探しているかも知れないが、俺は行き当たりばったりで構わない。
異性愛者である自覚はあって同性愛者ではない自覚もあるが、どうしてもそれを凌駕してしまう出会いというものはあるし、恋愛が色気というものに直結しないことも、俺にはある。それは恋愛ではなくて、親愛や憧憬、或いは尊敬なのかも知れないけれど、恋愛は決まりきった定義があるのだろうか?
俺は自分の気持ちというものをそれなりに理解しているつもりだ。
誰にでも分け隔てなく接せられるこいつをすごいと思っている。常に上機嫌でいられて、面白くもない話に笑ってやれて、野暮なことでも素直に口に出して感謝できる姿勢を尊敬した。
俺のできないことで、俺の後ろめたさで、俺の凹凸だ。だから惹かれた?補うために。
「ん~、ちゃむい」
俺は自分のタオルケットを放り投げた。潔癖症のくせに、どうでもよくなる。彼になら。
また寝てしまう横顔。夢を見るんだろうか?あの子の夢を?どうせフられたことを思い出して、落ち込むのだろうに。飽きもせず。傷付きにいっている!俺も。
彼の失恋慰安小旅行は、俺には失恋するための帰省だった。
いいや、癒えるわけない。今は友達ヅラをしていられるけれど……
隠し通すべきだ。一度友達ヅラをして、近付いたなら。
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2023.7.26
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