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華美なるムシケラ
俺の前を無邪気に飛び交い、翻弄していく様はまさにアゲハチョウだと思った。
軽やかに、けれど俺にその姿を捉えさせることはなく、忙しない。あいつはアゲハチョウだと思う。
気の昂る季節に現れて、鬱 いでいく頃に消えていく。音もなく。セミとは違う。その華美さも。印象も。
だから泣きそうになった。
翅が拉げて、飛べなくなったアゲハチョウはアスファルトに寝そべっていた。もう死んでいたのかもしれない。
急に腹が立った。何に?この世の摂理にだった。けれどこの世の摂理によって君は生まれ堕ちてしまった……
遺骸の行く先を、俺は自然に任せた。死と生のサイクルだ。虫や動物は「食」に、人々は「金」に。
けれどそうはならなかった。彼はそこに曝されていた。昨日よりも拉げて。アスファルトに減り込んで。俺は泣いてしまった。近くの公園に穴を掘って埋めた。
翅は昨晩の雨をはじき、しかし固すぎる枕に鱗粉を写し、一夜明けて吹く風に揺られる。生きているみたいだった。
俺は穴を掘った。無心で穴を掘った。あいつを思い出しながら。
きっと彼もこうして死んだのだ。踏み潰されるように轢かれたのだ。
俺はきっと周りから見たらはた迷惑な人間だった。公園に穴を掘って泣き喚く。
愚 かだから、俺は。
アゲハチョウを見るたびに俺は心を苦しくして、泣きたくなりながら生きていくのか?あいつが死んだことを基準 にして?
明るいやつだった。無邪気で、デリカシーのないやつだった。バカだけど優しいやつだった。下手なりに気遣いの人だった。大好きだった。
悲しいんだ、俺は。あの姿を見れば、言い出せない意地なんて打ち砕かれていったのに。この想いの矛先はもうない。どこにも……
悲しいのだろうか?俺は。
掌には、もう逃げることのない彼が寝そべっている。
どこにも行かないのだ。誰のものにも……
日はまだ強く照りつけているけれど、夏の終わりの乾いた風が涼しかった。
俺の掌に横たわる死骸が揺れる。
これはあいつじゃない。こんなのはあいつじゃない。あいつは無邪気で爛漫なんだ。羽搏くように躍って、俺を悩ませるんだ。こんなのはあいつじゃない。
死骸は風に攫われていく。サイクルに巻き込まれていくのだ。それを望んでいる。俺も「生」というサイクルに呑まれて、老いて老けて死ぬ間際、あいつのことなんか、きっと忘れてしまうのだ。
***
2023.9.24
アゲハチョウの死骸を見つけた。
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