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余白の画伯 ※

monogatary.comからの転載。 お題「余白」 ***  文通に似ていた。文通というものはもう廃れているみたいだけれど、それは文通に似ていた。  お世辞にも上手いとはいえない。書類の余白に描かれているのは、ネコなのかキツネなのか分からない絵で、さらにその横の吹き出しに俺への伝達事項が記されている。これが最重要で絵は必要なかった。だが描かれていれば気になってしまう。俺も少し能天気なところがあるのかもな。  その絵は下手だ。だが何かこう、一度見るだけでは物足らない感じがある。味がある、というのだろうか。何故か色々と文句をつけたくなるのだが、かといって修正してしまえば飽きてしまうような、不思議な魅力があった。簡単には捨てられないような。  下手なりの絵に俺は魂を見出してしまって、捨てるのが忍びなくなった。かといって内々の話であるから、吹き出しの部分は切り取った。  別部署の、名前しか知らない人だった。男か女かも知らなかった。ただ味のあるという概念で合っているのか、そういう絵を描く人がいる。偏見でいえば、字の汚なさで男。そしてその偏見でいうと俺は女ということになる。字が綺麗らしい。そういう例の当事者だから、相手が男か女かはある程度察しはつくけれど、こういうときほど逆張り的な驚きを求めてしまうのは、人という主語を使うべきなのか、俺個人のものなのか。    名前といっても苗字だけだが部署も知っているのだし、この連絡事項について質問があると託けて、会おうと思えば会える。しかし、それは禁じ手のような気がした。あくまでメインは吹き出しの中のことだ。まだこのふざけた絵に惹かれてつつある俺を認めたくないのかも知れない。  そういう絵のついた伝言がたびたび俺宛てにやってくる。他の人たちにもやっているのだろうか?おそらく捨てられるのだろう。それが惜しくもある。何を描いたのだろう?俺には垂れ耳のウサギかイヌか分からない生物だった。それも切り取ってある。パケモンパンに付いてくるパケモンのシールを集めているみたいだった。少しだけ確かに、俺には収集癖みたいなものがあるかも知れない。コンプリートを目指しはしないけれども、集まるのが楽しいような。  どんな人なのだろう?けれど同時に知りたくなさもある。  俺はぼんやり考え、捨てる書類の余白に真似して絵を描いてみた。差し障りのない絵だ。つまらない。捻りがない。魅力が。  俺の傍に人が来る。書類が突き出されて、まず右端の、クマみたいな絵に目を奪われた。 *** 2023.7.30

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