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喉元のビー玉 ※

monogatary.comからの転載。 お題「暑さをしのぐ技教えます」 微ホラー風味? ***  怪談の季節らしい。専ら、不審死か未知への恐怖。正体も原因も分からないものは最悪だ。三文小説のほうが、まだ活字中毒を癒せるというもの。  薄ら寒さで納涼というわけだ。避暑というわけだ?  俺は怪談という言葉に惹かれて立ち寄った神社に落ちていた木箱を拾ってきた。掌サイズだった。正方形で、組木の模様が柱ゲームみたいだった。貯金箱らしかった。中に何か入っているらしいが、小銭のような音の感じではなかった。  軽快な音がする。癖になる。転がすのが。俺は耳元でそれを揺らす。  横に一筋入った穴から、白いものだというのは分かった。どこかの家のブロック塀に飾られた、珊瑚礁の死骸のことを思い出す。別に怖くはない。不気味でもない。異国情緒のある店に、動物の骨や角で作ったアクセサリーがある。たとえばこれが何かの骨片だとしても。カルシウムなのだ、ただの。  人々は肉の着ぐるみを纏った骸骨だ。けれど肉の着ぐるみとひとまとめに括った内容(なか)の話がしたい。  俺は耳元で箱を鳴らした。タンブラーの中で氷がぶつかる音がした。夏だからだ。俺は夏が好きだからだ。  けれど求めているのはその音ではなかった。  もう一度耳元で箱を鳴らした。あの骨片の音がするのだった。ラムネのビー玉が取り出せないことに苛立った幼少期みたいだった。  この音を聞いていればすべてがどうでもよくなった。  何か悩んでいたような気がしたけれど忘れてしまった。   大切なものを失った気がしていたが、大切なものはもう俺の掌にあった。  孤独感が拭い去れなかったけれど、もう孤独ではない。  耳元で揺らせば返事がある。  俺は匣を抉じ開けた。スティック状の組木はばらけて、もう元に戻りそうにはなかった。  中にはいっていた白いものは密度が低くて軽石みたいだった。飴玉みたいだった。口に入れたくなった。彼の味がした。彼の味なんて知らないけれど。  ナントカのスープみたいな、あのとき口にしたのは彼だったのだ、なんて発想もなく。だから死ぬしかない、なんて発想もなく。ただ彼の味がした。  大事な、大好きだった彼の味がした。  彼の味がする軽石は喉に引っ掛かった。首が絞まるような感覚があった。喉に詰まらせた?いいや、外側から。  俺の首は何者かによって締められていた。けれどやはり苦しさのなかで彼の味がした。彼だと思った。彼だということにした。  俺は気が狂ったのか?訳の分からない箱に魅入られたのか?憑かれたのか?いいや、違う。  呼んだのだ。彼を。  最期の最後、苦しみの中で彼をミたとき、俺はエゴイストになるのか、愛に殉じきれるのか、知りたくないか?  答えなど、結局はろくでもないものなのだろうけれど。 *** 2023.8.14 「ジェンガ」と「ウミガメのスープ」のこと

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