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体感十数秒 ※
monogatary.comからの転載。
お題「アイスの寿命」
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釣った魚にエサをやらないタイプだったらしい。恋愛とは叶った瞬間から灰のようになる。塵のように。新たに火も点かず、燃えもしない。
大事なものは失ってから気付くというけれど、それは嘘だ。大事なものなら失う前から失うことを恐れるはずだ。俺は財布もカードも鍵も或いはスマートフォンも失くさないように必死だものな。
人とそんなものが同列に語れてしまうのだから、つまり俺はそもそも人と深く関わってはいけなかったということだ。どんな綺麗事を述べたところで、そういう輩はどうしても存在する。
人と"そんなもの"か。人のほうが"そんなもの"だ。金が信用できなくなる世の中になったとしたら、それこそ人すら信用できない時代になるだろうに。
金の価値は余程のことがなければ変わりはしないけれども、人への信用になって、もしかしたらたった一瞬で360°変わる。いいや、これでは同じか。けれども同じ人間に対して、360°分の見え方があったというわけだ。180°じゃ変わりもしないような。
アイスを食った。どれだけ大金を得られたとしても、1本この200円にも満たない棒アイスが夏場はどうしても美味しくて仕方がなかった。原価は多分100円もしないのだろう。これ自体ならば。けれどそこには色々と付随する。俺の思い出なんかは0円で。良くも悪くも。
生活水準は間違いなく上がった。質素な暮らしで結構と思っていたところでセキュリティはどうする?自分の命は?それを惜しめば自ずと生活水準も上げなければならなくなった。それでも昔暮らした地元というのは誤魔化しようもなく、過去というのはどこか美化されていく。
愛か金か。後者を取った。
口の中で溶けていくラムネの味は無邪気なクセに妙に懐かしい。まだそんな歳でもないだろうに。
選ばされたわけではないが、俺が勝手に選ばされた気になった。愛も金もどっちも。両方選ぶくらいの気概が俺にはなかった。だから捨てた。
オンリーワンだ、個性だ、アナタハアナタだ。嘘だ。人間にそんな多様性はない。十人十色で11人目も十色であるなら誰かと被る。
そう、彼よりいい人はいずれ現れるし、別に現れないのならそれでいい。
棒アイスは嫌いだった。冷たいものも嫌いだったら。時間制限が面倒臭い。歯に沁みる。腹を壊す。喉が乾く。
ぼうっと立ち止まって考えがちな俺には向かなかった。
案の定、溶けて肘を目指して垂れていく。
アスファルトにシミを作る。
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2023.8.15
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