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御前雨 ※
monogatary.comからの転載。
お題「真夏の私雨」
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彼は笑っている。俺は泣いている。
悲しみの比喩に雨なんてのは使い古された表現だ。恵みの雨ともいうくせに。
けれど実際、気圧にしろ湿度にしろ、俺みたいなヤツには実害が出る。頭痛だとか眠気だとか。たとえば情緒にも。
彼は笑っている。俺は泣いている。
別に泣いてはいない。雨が降っている。
俺のほうが背が高いから、俺のほうが早く濡れる。そんな刹那の時間の話をしているわけではないけれど。でもきっと、刹那なのだろう。天気からしたら?俺たちなんて。
誰にでも平等に降り注ぐ。雨は優しいな。暗雲の下にさえいれば。
いなければ?ノアの匣舟に乗れるような善人さえ乾涸びさせるのだろうさ。真夏の昼間に見るミミズみたいに。
彼は太陽には見えなかった。小柄だから?ひまわりに見えた。無邪気で。太陽を追い回す様だとか。
今しがた駐車場で見たコスモスに見えた。オレンジと黄色の。灰色の世界に明るく。雨に打たれて、湿った風に戸惑っている様だとか。
8月の半ば。まだ真夏のつもりでいたけれど。もうコスモスが……
傍にいてやりたかったけど。あの草の?毟っていくか?いいや、花はあそこで朽ち果てるのが自然 せさ。
傘を差すべきだった。けれど傘を差す意義が見つからなかった。この雨のせいで気怠るさが?
雨が降っている。別に俺は泣いてやしなかった。傘を差すのが遅かった。恵みの雨だ。俺の肌は砂漠みたいに乾いていた……なんて汚いだろうか?
彼は笑っている。俺は泣いている。
比喩なのだ。結局のところ。悲しみを雨で表現している。それなら彼は太陽か?俺を見下ろして炙るのか?明日には。
笑っている彼が黒い額縁に収まっている。今から石の下で眠るために、それを見届ける。
彼だったものが随分と小さくなって暗い地下へ納められていく。地獄より浅いところさ。天国は遠くなったけれど……
"おやすみなさい"か?"見ていて"ね?いいや、見ていなくてもいい。ここでお別れだ。忘れてやる。縛り付け合う関係なんかじゃなかっただろう?
彼はひまわりだったから、こんな天気が最期ですまなく思った。俺は太陽になれなかった。彼がひまわりならば尚のこと、ここでお別れだ。
すべてが終わって、駐車場に戻る。いつの間にか雨は止んでいるが、そのうちすぐにまた降るのだろう。
車の中で少し休んだ。行きは良い良い、帰りは怖 い。ハンドルを前に、今度は俺が戸惑った。
笑っていた彼はもういなくて、俺は泣いてしまった。
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2023.8.16
2種以上の花に例えるの変
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