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ピンチなハート ※
monogatary.comからの転載。
お題「きのうの夜のこと」
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爪を磨いていた。歯を磨く瞬間と、このときは、急に無心になる。無心になっていないな。凪ぐ。別に常に荒れ狂っているわけではないけれど。
少し酔っていた。昨日の酔いが残っていて、まだ自分の息にアルコール臭さがある。
あまり飲まないのに……
昨日、フられた。それなりに長かったカノジョに。俺はつまらない人間なのだそうだ。楽しかったけれど、そういうことはいちいち、口に出すことではないと思っていたし、表情 に出すものでもないと思っていた。
鼻で嗤ってしまう。元カノを?いいや、俺を。
だとしたら何で、楽しかったこと、それが幸せだということを伝えるのだろう。愛の力なんてものを信じていたのだろうか。彼女の言う「つまらない」はイコール不安のことだったのだろう。
酒が俺の感情を鈍らせて冷静にしたのか、それともその後の出来事が、一気に俯瞰させてしまったのか。
別に俺は同性愛者というわけではなかったが、今立ち止まって考えてみれば、異性愛者と決定付けられる根拠も自信もなかった。
だからつまり、肌を擦り合わせる相手というものが、性別に依存するものではなかったように思う。顔の系統が好み、雰囲気が、或いは清潔感が。
異性すべてに魅力を感じたわけではないし、同性すべてに魅力を感じなかったわけではない。つまりは好みなのだろうな。俺がその気になる空気感があるのなら、別にどっちでも……
爪を磨いた。カーテン越しの日に透かして煌めかせる。爪というのは男にとって、足し算の部位なのか、引き算の部位なのか。つまり、ネイルアートのように自ら華美にしないで、あくまで尖って不衛生なところを丸めて清潔に、悪い意味で目立たせないようにするところなのか……
昨晩出会った男の引っ掻き傷が背中で疼いた。消毒液でも塗ってもらいたいところだった。人の爪は汚いのだ。
バーでの出来事を思い出す。酒を飲んでいたが、未成年ではあるまいか。若く見えた。あの店もまずいが、子供なら手を出した俺もそうとうまずいのではないか?
俺は昨日掴まされた紙切れを開いた。名前と電話番号が書いてある。
端末を突き合わせて直接やり合う覚悟はなかった。けれど電話をかけなければならないのも、今の時代は随分とハードルが高いわけで。
躊躇いながらも番号を打つ手は止まらなかった。コール音。留守電に繋がったら?
本当に成人しているのか訊いて、まずはそこだ。
独り身なんだ。背中の傷を消毒してくれないか。
***
2023.8.17
フツーにガキみたいな21歳想定。
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