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残暑のサラウンド ※

monogatary.comからの転載。 お題「熱帯夜とドライブ」 ***  クーラーはあまり得意ではなかったけれど、この国のこの季節、都内はそれなりに暑かった。昼間の熱がまだ残っている。主に湿気となって。  だからクーラーを点けるしかなかった。それに同乗者がいるから。俺の斜め後ろ。なんだかタクシーの気分だ。  関係性からいって、助手席でもおかしくはなかったけれど……  俺は結局のところ、エゴイストなのだ。咄嗟の流れで、反射的に、おそらくは自分の助かる道を選ぶのだろう。嫌になるな。  愛を欲し、愛を捧ぎたがるのは、自分が永遠ではないからだ。だから相手に刻みたがる。本能なのだろう。繁殖欲の。  けれど、そういうの面倒臭い。厄介だ。愛だなんて幻だから。ゆえに物質なんて無くても。畢竟、人間の(ロマン)だな。  夜景が線を残して流れていく。シティポップというジャンルを最近理解して、有名どころをプレイリストにまとめてみたりしたのを思い出して、かけてみた。 「この曲、懐かしい」 「俺たちの世代だもんな」  シンセサイザーの軽快なイントロが特徴的な海外の曲だった。  理想だった。この曲を初めて聴いたときから、夜の高速道路を走り抜ける光景を想像していた。エアコンから吹く冷気が頬を撫でて、なんだか4D映画みたいじゃないか? 「結局、どこに行くん?」  ペットボトルが後ろで小気味よく鳴った。それから涼やかな水の音。漣めいた…… 「行くんじゃない。帰るんだ」  バックミラーを見たわけでも、後部座席を振り返ったわけでもないが、俺は彼が首を傾げているのが分かった。 「帰るって、どこに?」  オーディオに雑音が混じりはじめた。嫌な耳鳴りに似ている。 「どこに?」  俺が答えようとしたときに、彼が声を上げた。 「花火だ、花火。打ち上げ花火。どっかで祭りやってんだ!」  見なくても、彼が窓の外に釘付けになっているのが分かる。  俺のところからも花火が見えた。音はない。まだまだ暑く、湿気っているけれど、もう夏も終わる気がした。 「どこに帰りたい?」  オーディオは、とうとう音を失くしてしまった。彼と俺と。逃げられない会話。 「オマエとなら、別にどこでもいいんぢゃね?」  彼らしい受け答えだと思った。迷いもない。どこか投げやりでいて、俺の不安を見透かしている。 「じゃあ、帰ろう」 「待って、お前の実家にも顔出さんと」 「気付かないさ」 「ヤだよ。オマエん家、メロンとか出してくれるじゃん」  キュウリやナスではなかったけれど、まあ、時代というやつで。 *** 2023.8.21 花火は鎮魂の意らしいので。

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