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馴れ初めノーサイド ※

monogatary.comからの転載。 お題「プールサイドの恋」 *** 「ゔぇ」  気分の悪くなるような声を聞いて、俺は振り返った。プールサイドのコンクリートでできたタイルが、経年か、或いは雑草の力かで盛り上がって、後ろを歩いていたやつの足首を切ったらしかった。  後ろの奴は蹲って、俺も立ち尽くしてしまった。俺は何ともなっていないが、俺も同じところが痛くなってきた。思い込みだろうけれど。  見ていると、後ろの奴の肌は切れて血が流れてきていた。 「痛って~。サイアク~」  俺が傍にいたこともあったのだろう。付き添うように言われる。部活ではないけれども、タイムを競い合っていた相手だからなんだか気拙い。  俺は奴を保健室に連れていった。後から先生も来るらしい。 「ちょ、待って。早い。ちょっと、待って!」  相手が怪我人だということを忘れていた。振り返ると、サンダルまで血が滴り落ちていた。痛がっているというよりは、血で滑るのが歩きづらそうで、けれども俺は自分を抱き締めたくなるような寒気がした。 「悪ぃンね。体育の授業潰しちゃった」  奴はけろりとしている。片足は血だらけなのに。もっと痛がってもいいと思うが、まさか気を遣ってくるなんて。 「別に……」  保健室に着いたはいいが、彼の足は血だらけで、スリッパも履けなかった。廊下にはホラー映画みたいに赤い足跡がついている。 「やべ、汚しちゃったよ」 「あとで先生が拭くんじゃないか?」  診察台に奴は座り、俺はどうしていいのか分からず、たくさん刺さっているピンセットをひとつ抜いて、つんと鋭い匂いのする濡れた綿を摘んだ。 「それ、痛いやつ?」 「歯を食い縛れ」  奴は固く目を瞑った。そのときの顔に胸を鷲掴みにされたような感じがあった。  結局、小さな綿の球では出血量に太刀打ちできなかったし、奴は救急車に運ばれて、プールは暫くの間 工事が入ることになって閉鎖された。  屋外のプールは、もう今の時代、終わったものなのだろう。熱中症になる。プールに入っても頭はそうはいかない。  今の時代は屋内だ。温水プール。 「プール入りてぇの?」  母校の傍を通りかかって、プールに雑草が茂っているのが見えた。  俺は後ろを振り返った。 「懐かしく思っただけさ」 「オレとオマエの馴れ初めってやつ?」  彼は前に身体を倒して足首を叩いた。蚊でもいたのだろう。そこに走る傷跡に、俺の目は吸い込まれた。 「プール行くか。夏休み、どこも行かないんだろ?」 「室内プールで、な」  草臥れた揃いのミサンガが、傷跡と交差する。 *** 2023.8.24 母校でマジであった小事故。

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