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余炎でござんしょ ※

monogatary.comからの転載。 お題「とにもかくにも暑過ぎる件」 ***  もうすっかり店の品揃えはハロウィン仕様だというのに、外に出ると湿気が高く、もしかするとからりと晴れて気温の高い日よりも暑く感じられる。  昼頃に雨が降って、それから3時間ほど経つ。   もう秋なのだと知れた。天気が悪かったのと相俟って、すでに青を帯び、日が落ちてたのを強く感じる。 「あっち~。暑い。暑すぎ。とにも角煮も暑すぎる。酢豚に果物入れないで」  隣にいる恋人はアイスを齧っていた。首にタオルを巻いて。携帯扇風機を当ててやる。 「パイナップルは、入れるぞ」 「野菜も入れないで!」 「ニンジンは根菜だから入れていいということだな」  とはいえ今日は酢豚でも角煮でもない。厚みのある豚肉は買えたけれどステーキにする。  暑い夏は、料理も厄介だった。クーラーも点けているから、うちはIHだし、ブレーカーが気になるところだ。 「オマエは涼しそうだな。実はもう熱中症なってんぢゃね?」  熱中症。熱中症といえば。 「チュウするか?」  彼は少し寒くなったような顔をする。そういう涼は要らないか。 「急にどした?」 「チュウしようって、聞こえたから」 「言ってねぇわ」  日焼けしても、彼の肌は瑞々しかった。子供の肌みたいだ。内側にまで水分が行き届いているというのか。 「隙ありっ」  頬に柔らかいものが当たって、咄嗟にそこへ手を伸ばし、俺は立ち止まった。サンダルがアスファルトに擦れる軽快な音が耳に残っている。俺より背の低い彼が背伸びをしたのだった。 「しょっぺ」  俺だって汗をかく。彼は秒単位で消えたアイスの骨みたいな棒を咥えている。 「なんだよ。チュウしよって言ったのそっちだかんね」  飄々としているものだ。路地に入ったとはいえ外だった。公序良俗としての如何(いかん)は分からないが、気分としては悪くない。 「暑くなってきた。暑いな」  雨があって少し経つ。空は疎らな雲の奥でも青暗い。  そのなかにふと見つけた月は、人民の暮らしというものを覗いているようで、白かったのが金色に染まっている。 「もう秋だな……」 「何言ってんだ。まだ夏だろ。こんな、暑いんだぜ~?」  そう言いながら、買ったのはハロウィン仕様のものばかりなのだ。家の飾り付けだとか。 「食欲は秋に向かっている気がしたが」 「ちっげぇよ。そろそろそーめんも食い飽きてきたの!」  食欲が戻ってきたならいいことだった。暑いなりに、色々食べたな。 「どしたん?」 「夏を振り返っていた」 「早。9月も夏の延長戦ぢゃん?」 *** 2023.8.27 余炎と残暑を掛けているんですよ!

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