156 / 178
泳いでいく ※
monogatary.comからの転載。
お題『「結論から言うね」から始まる物語』
***
「結論から言うと伝わりやすい、って、言ってたろ?」
水族館の帰り、空いた電車の中だった。すでに地元に近い、田舎の3両編成。1時間ほど前まで龍みたいな15両に乗っていたのに、今やドジョウに乗っている。
「水族館で、魚みてるオマエの姿見ててさ、なんか、色々考えてたんだよ。まだ言ってなかったことあるな、とか、ちゃんと言えるかな、とか……」
結局、彼は彼らしかった。「結論から言う」と言っておきながら、まだ核心部に触れていない。けれどそれでよかった。嫌な予感がした。事実を知ることは果たして幸せといえるだろうか?足掻く術 が無いなら、そうは思わない。けれど知らなければ、それすらも分からない矛盾も含む。
「……なんだ」
「う~ん。やっぱダメだった。ごめん、付き合えない」
ほぼ付き合っているものだと思っている。彼が俺を好きなのは理解していたし、俺も彼が好きなことを隠してはいないはずだ。寄せられている情を疑うことさえできない。酸素がそこにあるように、当然として身に染みていた。
「どうして」
付き合っていなかったとして、もう付き合っているも同然だった。だとすれば何が理由なのだろう。何が変わるというのだろう。自己認識と、ある種、世間から受けるイメージの問題か。
「うん………結論から言うのって、難しいな。オマエは、結論と気持ちがさ、違ったとき、どうするの」
「俺たちは機械じゃない。感情的になるのは当然で、だから折り合うしかない。結論と」
わざとらしい笑い方が怖かった。結論から言え、だなんて俺も頭の悪いことを言った。人には人のやり方がある。
彼の降りる駅が近付いていた。焦る。それは俺だけではなく。
「あのね………えっと、検査の結果がよくなかった――っていうか、悪かった。だからさ、付き合わないで、このままでもいいかなって」
「え……」
「ま、付き合ってるようなものだけどさ、建前ってあるじゃん。これから入院することになるし、多分すぐ出てこられないし、今日、すっげぇ楽しかった!だからさ、……」
彼はへらへら笑っている。俺に気を遣っている。そんな立場じゃないくせに。
「付き合おう。なら、尚更、付き合ってほしい」
俺は結論から言うぞ。
「は?なんで……?話、聞いてた?」
「別にこのままでもいいと思ってた。でも、そういうことなら……お前の生活が変わるのなら、俺は尚のこと、付き合いたい」
電車が停まる。彼は呆然としていて、俺はその手を引いた。
***
2023.9.15
過去作と逆転してみた
ともだちにシェアしよう!