157 / 178
伝う緋色 ※
monogatary.comからの転載。
お題「夏休みの宿題で思い出すこと」
***
いつも通る住宅地に提灯が下がり、緋色の薄明かりで包まれているのをアルバイト帰りに知った。小さな神社があるのだった。その境内で祭があるらしいのだ。浴衣姿や光るおもちゃが、そこに吸い寄せられていくのを見た。
俺もどんなものかと寄ってみることにした。聞こえてくる祭囃子は録音したものをだったが、屋台が出て、神輿が置かれ、テントの下では組合員がうちわを扇ぐ。よくある地域の祭だった。
わたあめ機か、カキ氷機の重低音が、なんだか懐かしくなる。
夏休みの日記があった。1ヶ月近くある夏休みの3日間を抜粋して何か書けと。おそらくお盆休みの家庭環境でも探りたいんだろう。公立だった。残酷なものだ。つまりは家庭ごとに大きな格差がある。とはいえ、金がなくても夏にはそれなりのイベントがある。
思い出というのは作るものではない。けれど当時の俺がそんなことに気付く由 はない。
1人で夏祭りに出掛けるのはなんだか寂しくて、その頃元気のなかった友人を誘ってみることにした。夏休み前の文化祭で1つ上の先輩に一目惚れしたと聞いてから恋煩いの最中にいるようだ。
連絡先を交換はしたらしいが、進展はないみたいで一気に痩せてしまった。寝ても覚めても食ってばかりの彼を返してほしいものだ。
祭りで何を食うか?たこ焼きはマスト。かき氷もだろう。イカ焼きは苦手だ。焼きそばを食べて、口直しにチョコバナナ。
これでは俺のほうが食い意地を張っている。
祭りの日がやって来て、彼は甚平で、俺は浴衣なんか着て、舞い上がっていた。
焼きもちと独占欲。くだらない。俺は2番目だった。キャンセル待ちだった。それが空いて、俺の番が来た。
ヨーヨーではしゃいで、光るおもちゃを本気で欲しがった。年甲斐もなかったし、俺の柄でもなかった。
人混みの中で、理由をつけて、腕を掴んで、そのときばかりはカップルだった。日記には書けないことだ。でも別に、そんなことはどこかに大々的に曝すことではなくて、俺の胸の隅のほうに残しておけばいい。そんな意思すら不要だった。思い出ってそういうものだろう?
それは良くも悪くも。
彼は人混みに誰か見つけた。文化祭で惚れたとかいう先輩だった。その人は誰かといた。仲睦まじく。
俺は遠くを望む彼の横顔を眺めていた。提灯が朱く、柔らかそうな頬と、よく濡れた目を染めていた。
思い出は勝手に残るのだ。よくも悪くも。記しちゃいないことまで。書きさえしなかったのに。
***
2023.9.19
ともだちにシェアしよう!