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温かな残影

 外は華やいでいて、冬だというのにどこか活々としている。それは行き交うカップルのせいもあるけれど、おそらくは煌びやかなイルミネーションと、寒い風に靡く柔らかな毛糸のせいかも知れなかった。  眩しさを書くなら濃い影を、静寂を表現するのなら外の喧騒を示せ、と昔、国語の先生が話していたっけな。  それに似ている。すぐに日が落ちて、乾燥しているくせに、妙に心地の良い時期というのは。  俺は用事を終えて、夜こそが本番とばかりの商店街へと入っていた。遠回りなのだけれど、"冬"を味わいたかった。  時間帯もあるけれど、商店街では惣菜屋が啖呵売(たんかばい)をしていた。今日はメンチカツが安いらしい。俺は焼鳥屋の前を通った。額に手拭を巻いた店員が炭火にかけた焼鳥をひっくり返しながら、道行く人々に笑いかけている。元々そういう顔なのかというほど自然。  白いシャツの袖を肩まで捲り上げ、紺色の前掛けをして、煤けた軍手まで晒された筋肉が眩しかった。冬とはかけ離れた人だった。  俺は目が合ってしまって、咄嗟に逸らしてしまった。胸の辺りに妙な感覚が湧き起こって、一旦通り過ぎたけれど、何故だか罪悪感を覚えた。  長いこと、あの焼鳥屋の店員を見ていたのではないか、俺は。あの笑顔を無料で消費していたのではないか……  不審者に見えていないだろうか?間を置く小細工もできず、曲がり角を曲がって、またあの焼鳥屋に寄った。 「軟骨と、つくねと、レバー……」  俺はぼそぼそと喋っていた。客が来た途端に、その表情がさらに大きくなる。それが彼の接客スタイルだとは分かっているが、絆される。悪い気はしなくて、けれど真っ直ぐに向けられたら照れもする。 「つくねはタレと塩がありますよ」 「……タレで」 「レバーはどうされます?」 「それも、タレで……」  軍手が焼鳥を取っていく。今晩は焼鳥になるなんてまったく想像もしていなかった。  代金を払い、品物を受け取る。店員の八重歯が見えた。また胸の辺りに妙なものが広がった。そこに抱いた焼鳥のせいかも知れなかった。 「ありがとうございました。また来てください」  砕けた接客だった。俺はマフラーに顔を埋めた。マスクが気持ちいい。  商店街を出て、冷えた風が顔を冷ましていく。変なことを言っていないだろうか?変な態度をとってはいないだろうか。  温かな袋を抱き締めた。駅前の電飾が閃くたびに、俺の脳裏には彼の姿が映し出された。 *** 2023.12.7 肉を頼めよ。

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