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憂悦 ※
monogatary.comからの転載。
お題「マシマシちゃん」
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鬱陶しいな、と思った。何よりはマシだ、かによりはマシだ、といちいち比較対象を持ち出してくるところが。わざわざ自分より下の話を引き合いに出して得られたものに何の価値がある。気の利いた錯覚にもなりはしない。痛みを我慢するならば他の場所を抓ればいいということか。
根本の解決は必要のないタイプなのだ。その場凌ぎの根性論しか知らず、それを撒き散らす。恥知らずだ。軽蔑する。
奴は自分を明るく愉快で前向きな人物だと誤解している。あれだけ周りに人がいて、いいや、周りに人を置くようにして、独りになることを恐れていれば自己分析などできなくて当然だった。それともただただ客観性に欠けた人間なのか。
人には孤独が必要なのだ。特にああいう、気を遣っているつもりの無自覚に媚びているタイプには。求められた役割を果たそうとする。けれど的外れだ。求められているのは誤魔化す方法ではない。解決か共感だ。
優越感に浸るのは勝利の意識の上でのみだ。無理矢理託された強者性の裏には存在しない。彼にはその自覚がない。ただの嫌なやつだ。
「自分はみんなから好かれている」という的外れでお門違いの自覚は気持ちがいいか?
ウザいよ、お前。
俺も悪趣味なものだった。盗み聞きが趣味の陰気なぼっちだから仕方がない。
『フられたからってなんだよ。恋愛できない人より全然マシじゃん』
風向きが変わったな、と思った。同時に嫌な優越感があった。俺の言うことが"当たった"優越感。けれど所詮はろくでもない。
奴は孤立したし、独りに耐えられない奴が次に取る手段は?
"孤独"の俺に擦り寄ることだ。
「じゃ、オレよりマシじゃん。オマエ、頭いいしさ」
隣で勝手に昼飯を食いはじめた奴が言った。
「そうやって何かと比べないと喋れないのか?」
人にはそれぞれに事情がある。目指すものも基準も違う。すべて同じ尺度で語れない。
「比べてるって?」
「無意識か?誰よりもマシだとか何よりはマシだとか。慰めてるつもりなら逆効果だ。人の葛藤や悩みを横取りしてるようなもんだ」
奴は傷付いたとばかりの目を俺に向けた。独りが嫌なのかも知れないが、結局は独りが2つ在るだけだ。
ある日、事故が起きた。校庭に組んであった資材が崩れ、奴が下敷きになった。俺は庇われたのだ。
「オマエがこうなるより、マシじゃん」
血だらけになって笑っている。こいつは何も分かってないな、と思った。
あんたのことを考えさせてくれよ、今くらいは。
***
2023.9.19
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