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lifetime ※

monogatary.comからの転載。 お題「わたしが美しいと思った景色」 ***  良い子ぶっているらしい。俺は。  美しいと思うものについて当てられたから語っただけだった。俺は金色に変わった稲穂が美しいと思った。金色はどうしても自然界であまり目にしない。皆無とは言わない。ただ俺は、あまり見ない。  あの稲穂が綺麗に輝くときに吹く風は、俺にとっても心地良かった。  小さな頃に母に話して、そういう昔話がオランダにあるのだと聞いたとき、俺の感覚はおかしなものではなかったと安堵したけれど。  良い子ぶっているか、俺は。優等生といえるような態度(ガラ)でもないけれど。 「ま、オレも綺麗だと思うぜ」  教室の窓からちょうど見えるのだった。金色の田圃が。俺は俺の感覚を疑いながら、しかしその美しさという曖昧で不確かなものの前に来ていた。  そこにクラスのお調子者がやってきた。お前だって囃し立てていたのに、げんきんなものだ。わざわざ来たのだろうか。いいや、帰り道だろう。 「金色、は言い過ぎた。どうみても薄茶色だったな」  俺はもう否定されたくなかった。まだこの金色が美しいと思っている。ここは都会ではないし、まあまあの田舎で、一定の面積を確保して視界に入ってくるこの色に意識を惹かれる。桜みたいな薄ピンクが春先の錆びた世界では目が行くように。 「米になるんだろ?」  奴は俺の話なんて聞いちゃいなかった。ただ田圃を見ていた。 「なんなんだろな、ウツクシイって」  照れたような奴の横顔を、俺は見ていた。 「夜景とか、山の頂上からみる景色とか、あるだろう。紅葉とか」 「でもオレ、納得しちゃったんだよな。この田圃のこと言ってんな、って。いつも独りで何見てんだろ、って思ってた」  美しさとは、何なのだろう。目蓋の裏に張りついて、何がしか感情を引き起こすことなのだろうか。  俺は棺の中の彼に花を添えた。日焼けした肌に土気色は似合わず、その上にのった化粧もおかしかった。白い和装も似合わなかった。  こういうときの視覚は頼れないもので、俺のミテイタ光景(モノ)は金色の稲穂の前で照れ笑いする横顔だった。  青く芽吹き、金色に染まって風に吹かれて煌めき、刈り取られる。あのほんの一時期に見られる自然界の金色に俺は惹かれた。  お前はどうだ?お前はどうして同意してくれたのだろう。  枕に散らばる傷んだ毛先を摘んでみた。  美しいとは何なのだろう。消えてゆくから、儚いから、刈り取られていくから美しいというのなら、そんなものは後付けだ。未練だ。悔しさだ。   *** 2023.9.20 元ネタはオランダの昔話「世界一美しいもの」 ※このお題2度目でした。

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