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肉眼 ※
monogatary.comからの転載。
お題「防犯カメラ」
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写真や映像の被写体が、もう死んでいる……なんてことがあったりすると、よくあることではあるけれど、不思議な感覚に陥ることがある。
彼は、彼女は、本当に存在していたのだろうか。懐疑的になる。錯覚だと思い込んでいるような。
人は「有」から「無」の存在に変化する。「在る」は動詞だが「無い」は形容詞だ。なんだか虚しくならないか。
これが俺にとっての「"死"の理解」の限界なのだと思う。
俺は画質の粗い映像を眺めていた。何度も、何度も。
見慣れた玄関も、画面を通すといくらか違った情感が漂うものだった。そこにこれまた見慣れた人物がやってくる。インターホンを押して待つ。またインターホンを押して待つ。それからもう一度インターホンを押して、玄関扉を叩く。
巻き戻す。同じことを繰り返す。画面の中の奴が?奴も。俺も。
CDに焼いて、日付を入れる。まだそこまで数はなかった。
映っているのは俺のかわいいストーカーだ。俺がストーカーに育てたのかもしれなかった。
お気に入りのビデオをプレーヤーに入れる。これにはあまりにも俺に無視されて泣いてしまう姿が映っている。人の往来があるというのに脇目も振らず、顔面を紙屑みたいに歪めて泣き喚いている。壁ひとつ隔てたところで、俺がそれを眺めていることも知らないで。
今すぐに出ていって、抱き締めてやりたかった。だが刻み込まなければならない。彼は理解しなければならないのだ。誰にでも好い態度 をするのなら、俺はいつでも彼を赦し、傍に居られるわけではないということを。
映像にノイズがかかる。呪いかもしれなかった。
ある日を境に、それなりによく撮れていた映像にまで靄がかかるようになった。これは霊障だった。
俺のコレクションは徐々に蝕まれている。
例の日の映像を再生してみた。玄関の前で、彼はぼうっと立っている。何時間もそうしている。彼の彫像でも置かれたみたいに。
今でも映っているのだ。今、現在、現時点で映しているモニターにも、俺の家の玄関前には彼が立っている。
彼は自分が死んだことに気付いていないのだ。俺が外に出ていることにも気付いていないのだ。彼は閉じ込められているし、俺が閉じ込めているのだ。
さようならは言ってやらない。墓参りもしない。お前はそこにいるべきなのだ。俺に囚われ続けるべきなのだ。怨霊と化しても執着 するのが恋人の務めだろう。怨霊にさせた恋人を、映 し続けるのも。
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2023.9.22
ヤンデレはどっちだ!?
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