169 / 178
パンドラの匣の隅をつつく ※
monogatary.comからの転載。
お題「あったかい珈琲の季節だね」
***
昨日は寒かった。雨だったからだ。けれどもう秋の到来かと思って、俺は早とちりをした。今日は晴れ。まだ暑い。それでも夏の終わりを感じはする。
道ゆく人々も、半袖だったり長袖だったり、別に俺に季節感がないわけではないようでよかった。
帰宅するときにはもう日が暮れていて、夏場ならまだ子供が外で遊んでいてもさほど心配でもなかった時間帯だというのに秋となると……
気温もぐっと下がって、外に1日いるのか半日いるのかで服装も変わってくるのだろう。夏ははっきりとしているが、秋というのは多様性を許すわけだ。
「ただいま、おかえり」
同居人が玄関まで出迎えて、やけにそわそわしている。
「どうした」
「コーヒー淹れたんだ。飲もうぜ」
けれども俺はおかしいと思った。コーヒーを?彼が?
彼はコーヒー牛乳しか飲めない。
「早く、早く」
腕を引かれて入ったリビングのテーブルにはクッキー缶が置いてある。ああ、これか。
「お前、コーヒー飲めるのか?」
「飲めない」
即答だった。食い気味なくらいだった。電子ポットが沸騰を告げて、コーヒーを淹れたんだ、とあたかも完了しているのかのように言っていたが、まだ湯が沸いただけのようだ。
「どうしたんだ、これ」
「ポイント貯まったから買った!ハロウィン仕様でさ、楽しげだから」
確かに缶には、目と口を刳り貫かれたカボチャと布の怪物が描かれていたし、パープルとオレンジがそれっぽい。
「あったか~いコーヒーの季節ですねぇ」
彼はコーヒースティックを指で弾く。CMで聞いたフレーズを口にしながら。
「お前は何飲むんだ」
「ココア」
予想したとおりの答えが返ってくる。
「茶にしておけ。甘くてクッキーの味分からなくなるぞ」
運動は好きなようだし、太っている感じはないが、そろそろ糖分が心配になってくる。俺たちもいつまだも若いわけじゃない……なんて思い始めたのは、夏を終えたからだろうか。四季は人生に似ているから?
「それもそうだな。オマエってやっぱ天才」
けれど、彼がいる。多分ずっと。俺が幸せに慣れなければ。当たり前にあぐらをかかないでいれば。四季は四季の楽しみがあって、時間が経つにつれ変わっていく関係なりの楽しみがあるのだろう。彼がいるからだな。俺の知れないことを知らせてくれる。気付けなかったことを。
「ちょっと早いけどさ、ハッピーハロウィン」
コーヒーと茶を両手にやってきた彼が、缶の蓋を開けた。
秋の深まりを楽しみにしている俺がいる。
***
2023.10.12
イベント事好きなピに感化される根暗ニキ
ともだちにシェアしよう!