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公転オーナメント ※
monogatary.comからの転載。
お題「眠れない夜のこと」
***
隣に彼の姿がなくて、俺は飛び起きた。夜逃げ?何故。何か気に食わないことでも、俺はしただろうか。もしくは、彼に好きな人ができたか……
ここまでおそらく1秒、2秒。一気に頭は冴え、心臓が痛いほど脈打っている。
彼の挙動はお世辞にも静かとはいえなかったし、気付くものだと思い込んでいた。いやいや、トイレかも知れないし、腹でも減って何か食っているのかもしれない。
俺はリビングに出てみた。ベランダのレースカーテンが偏り、彼の居場所を告げているも同然だった。
「どうした?」
嫌な想像をした。けれど普段どおりの声をかけることしかできない。
彼はベランダに来た俺にすぐに気付いたし、俺の悪い予想は外れてくれた。彼はヘッドフォンをして音楽を聴いていた。
「なんだ?」
ヘッドフォンを外し、彼が尋ねた。必死になっていた俺はバカみたいだった。
「ベッドにいなかったから……」
「ああ。急に目が覚めて、音楽聴きたくなっちゃってさ」
彼はスマートフォンの画面を見せた。音楽プレーヤーのアプリが表示されている。過去の恋愛を歌ったクリスマスソングだった。
「買い物してたときに流れてて」
ふと、歌詞のなかの人物と俺が重なった。歌詞のなかの人物の過去の人と彼が重なった。そんなふうにならない。俺たちは過去にならないはずなのに。
俺は言葉を発するのが怖くなってしまった。喉が痞 えて声が出なかった。
「いい曲なんだよな。結構好きでさ」
夜景は綺麗ではなかった。田舎の安アパートに期待するものではなかった。ただ空が見える。雲が斑模様を作っているのが闇夜に透けている。この時期は空が遠くなる……気がする。
「楽しみだな、冬。クリスマスも、正月も。いっぱい美味いもん、食おうな」
今が夜でよかったと思った。俺は彼の肩を抱くことしかできなかった。泣きそうになった。
あの酷暑がいつのまにか肌寒くなって、俺たち小市民はそれでしか地球の自転と公転を実感できない。だがそれで十分なのだろう。隣にいる人との距離だけで戸惑って、狼狽えている。あまりにも世の中は大きくて広くて。
「そうだな」
声を絞り出したことには、どうか気付かないでほしい。
「ケーキの予約、しないとな。いつもチョコケーキだったろ。今年はモンブランに挑戦してみよっかな?」
そこに風が冷たく吹きつける。俺は彼の肩を抱いて、温かい部屋へ押し込んだ。
モンブランは、俺の好きなケーキだった。
***
2023.10.16
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