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K5 ※
monogatary.comからの転載。
お題「告白5秒前」
***
引っ越すというから、手伝いに来たわけだ。手伝いに来たつもりだった。建前上は、手伝いに来たのだ、俺は。そう言わなければ、お前は困った顔をして断ることもしないのだろう。
そこはシングル用のアパートだった。この地を離れて、心機一転というわけらしい。この地にいては思い出に振り回されるのだろう。そういう人柄 でもないくせに。
こういうと、やつが繊細で清楚で弱々しい人間みたいだった。実際は違う。図々しくて、無邪気で子供っぽい、子ザルみたいなやつだ。だからその打ち拉がれようは目に余る。
ダンボールに荷物を詰める作業から一旦休憩を挟んだ。勝手知ったるなんとやら。もちろん、周りの様子も。コンビニから帰ってくると、あいつが何か抱えているのを見た。
「どうした?」
コンビニの袋は行き場を失う。
やつはプラスチック性の洋服箪笥を開けていた。
「いや、別に……なんも~」
大きな目が俺を見上げた。心なしか潤んで見える。振り向いたときに見えた胸元には綺麗に畳まれたパーカーがあった。眩しいオレンジ色に、有名なスポーツブランド。
それはやつのだが、けれど畳んだのはそうでないとすぐに分かった。そういう畳み方はしない。こいつはもっと雑だ。あるいはハンガーに引っ掛けておく。パーカーは畳みにくいのだ。皺まで綺麗に伸ばして。
俺は身体が急に熱くなった。
「やっと見つかったのか?お気に入りだったもんな、それ」
「うん……まぁな」
こいつには恋人がいた。別れたけれど。理由は知らない。歳上で、優しくて、落ち着きのある人だとか。
同棲までして、でも結局は酷い喧嘩をして別れたらしい。パートナーにするには少し足らないやつだ。無理もない。
「クリーニングにでも出して忘れてたのか」
やつは答えなかった。俺は分かってしまった。理解してしまった。その服の畳み方を目にしたときに。何が酷い喧嘩だ。何が浮気されただ。嫌い合って別れただと?嘘も休み休み言え。
会ったことはないが俺と同じ部類の人間だ。だから通じてしまうのだろう。
「ううん。別に」
恋人と喧嘩別れして、その恋人が死んだのを機にやつはこの地を離れたいと言う。けれど本当に?俺はやつの腕の中の服を見ていた。
「考え直さないか。まだ、ここにいろよ」
やつには理由が要る。建前でも、他責でも構わない。
「でも、もう業者の人、呼んじゃったしさ」
「キャンセル料なら俺も半分出してやる。ここにいろ。ここにいてくれ。俺はずっと―」
***
2023.10.21
「MK5」のM抜き
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