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利器と原始で板挟み ※

monogatary.comからの転載。 お題『「電話してもいい?」』 ***  文明の発展とは素晴らしいと思う。俺の親は過干渉の過保護気味で、もし携帯電話だのスマートフォンだのが無い時代だったのだとしたら、俺を都会に一人放り出すことはしなかったと後になって語るくらいだった。  ほぼリアルタイムで相手の声が聞こえる……聞いているのはあくまで、最も似せられた電子音でしかないらしいけれど、それでも俺は満足した。現金なものだ。その人自体の声でなくとも、似ていればそれで良しとするのだから。 [電話していい?]  MINEで飛んできた吹き出しに俺はすぐ反応した。  性格も気質も正反対なくらいだが、バイオリズムが似るのか、俺がスマホをいじっているときにばかり、彼からはメッセージが来るのだった。すぐに既読のスタンプをつける俺をどうか気持ち悪がらないでほしい。  俺は返事を打つのも待ち遠しくて、俺から電話をかけた。彼の声を聞きたい。違う。彼に酷似して構成された電子音でも。彼の言葉なら。  同じキャリアを示すコール音がして、それから――…… 『ごめん』  電話が繋がる。第一声は謝罪で、その声は震えている。 『ごめんなさい』  彼は泣き崩れていた。俺はぎょっとした。 「どうした?」  嗚咽ばかりで彼の話は一向に要領を得ない。 『ごめんなさい、オレ………呪われて、』  途切れ途切れの単語を集約すると、つまり呪われたというのだ。そしてそのために電話をしたというのだ。もうすぐ期限を過ぎるという。怖いらしい。声を聞きたかったらしい。  昔流行った。そんなような話が。不幸の手紙だのチェーンメールだのというやつが。 「ばか。それを言って、俺が切ったらどうする?」  俺はそれを信じたか、信じなかったか。恐れ慄いたか、小馬鹿にしたか。ここは駅のホーム。向こうのホームに妙な女が立っている。手荷物のひとつも持たず、皺まみれの白いワンピースに蝋のように白い足。  距離はあるが、俺の目の前に。 『ごめん……っ、やっぱ切って、お願い、切って。お願い……』  呪いというものは、かける者、かけられる者が五分五分ではないそうだ。跳ね返した時に倍になる……だなんて奇譚の読み過ぎか。読書は褒められるべき趣味だなんてとんだ知性主義で、本への神聖視ではなかろうか。 「もうすぐ、誕生日だろう、お前」  駅に電車がやってくる。電車内ではマナーモードに。  言っておきたいことがある。言ってみたいことが。 「愛してるから」 シ……ネ………  俺の足に自由はなく、やがてホームの縁を蹴っていた。 *** 2023.10.28 ホラー風味?

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