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シトラス ※
monogatary.comからの転載。
お題「放課後、職員室に来なさい」
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先生が俺の肩を叩く。その大人の手は、俺を子供なんだと知らしめる。抗いたくはあるけれど……
放課後に職員室に呼ばれた。思い当たる節があるにはある。
話はすぐには始まらなかった。俺にも逃避癖がある。向き合えない余り「思い当たる節」をスルーことも。
「―のことだけどな」
その言いづらそうな口振りで察するほかなかった。
俺の目の前で事故に遭ったやつがいる。仲が特別良かったわけではないけれど、同じクラスで、何度か話したことのある、気さくなやつだった。
「昼前に、亡くなったと電話があったよ」
耳を疑うという言葉があるけれど、確かに俺の耳は予防線を張るあまり、最悪の想定をして、そんなことを聞かせたのではないかと思った。
先生に肩を叩かれる。それを合図にしたみたいに視界が滲んだ。
「まだみんなには言ってないんだが、お前は仲良かっただろう。だから先に言っておく」
瞬けば涙が落ちてしまう。深く息を吐くことだけが許されたみたいだった。それが気恥ずかしくなる程度に俺は冷静だった。薄情な人間だと気付いてしまったことにも大したショックを受けなかったことに驚いている。これが俺か。こんなかたちで気付くのか。
「気を遣ってくださってありがとうございました」
先生はいくらか呆気にとられていた。俺は寂しい人間らしいのだった。
職員室を出て、教室に戻り、荷物を持って、下駄箱では靴を履き、玄関を出ていく。海外のゲームはやたらと小さな動作にコマンドを使わせたがる。あれは没入感のためだと聞いたことがあるけれど、真偽のほどはどうなのだか。
こういうときは茫然としておくべきだ。もしくは泣き崩れておくべきなのだ。それが優しい人間の反応で、"正しい"悼み方なのだろう。なのに俺は腹が減っていたし、喉も渇いていた。早く帰って横になりたいと思った。明日提出の課題も厄介に思っていた。
階段を降りて校庭の脇を抜け、部室棟の前を通る。すでに空は暗くなりかけている。日が落ちれば晴れ間の続く暖かな昼とはうって変わって急に冷え込む。湿っぽさも今となってはどこか懐かしい。
柔らかな風が吹いて、むさ苦しげな部室から制汗剤の匂いが運ばれてくる。文化祭の匂いで、体育祭の匂い。体育の後の教室の匂い。気さくな彼が喋りながら肌に塗りたくる匂い。すれ違いざまに。
季節は秋。もうすぐ冬。けれど春夏の匂いがそっくりそのままそこにあって、俺の鼻に届くのだった。
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2023.11.20
シトラスって名前かと思ったら種類名
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