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灯火ノユメ ※
monogatary.comからの転載。
お題「天使の羽を拾った」
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天使はおそらく美しくはないのだろう。人を試すために。
悪魔はきっと美しいのだろう。人を騙すために。
「小悪魔系女子」という見出しが目に入って、そんなことを考えていた。「天使系女子」というのは、多分、癒し系ではあるけれど、容姿が秀でているわけではないのかもしれない。
「か~」
風呂上がりの彼が乱雑に髪を乾かしている。昼間はきらきらと金髪を靡かせているが、今はライオンみたいだった。
「乾かしてやろうか」
夏場ならこんなことは言わないが、ドライヤーの温かさが冬場はそう嫌ではなかった。
「ん~、へーき」
眠そうな目は、おそらく髪を濡らしたまま寝るのだろう。空気は乾いているし、室内はそれなりの温度を保ってはいるけれど、髪が濡れていては寒かろう。
「お前は座っているだけでいい。来い。乾かしてやる」
彼は眠そうな顔をして軽く笑っている。俺から見て、彼は自分の眠気に疎いタイプだった。
「はっは~ん、オレを湯たんぽにする気だな」
強ち間違っていないのだから、俺は否定しなかった。
「ま、いいや。そういうことなら頼むぜ、カリスマ美容師さん」
彼はドライヤーを持って、すっぽり俺の前に収まった。
タオルで拭き直して、轟音が鳴る。濡れた毛束を散らしていると生え際が少し黒くなっているのが目に留まる。来年には暗い髪色に戻るのかと思うと、今だけの印象が惜しく思う。新たな印象に出会い、惜しみ、慣れ、また惜しむ。繰り返しだ。季節と同じだ。いわば冬仕様だ。冬毛なのだ。
この時期だけ俺が愛用しているトリートメントを塗り込んで、櫛を入れた。冬と結びついた匂いが彼から薫る。寝癖の抑えられたまた新しい姿が、明日の朝、見えるのだろうか。
ドライヤーの唸り声を止める。彼は自分の髪をまさぐった。
「ふわふわだ」
「トリートメントを使った」
「同じ匂いがするな」
毛先を引っ張って嗅ごうとする仕草が子供みたいだった。
「あのもこもこのパジャマにしよ。誕プレでくれたやつ」
何でもない日ではあるけれど、冬はそんな何でもない日に幸せを感じる。小さな特別を。
湯たんぽの冷たさで目が覚める。最初は熱くても、最後は結局、身体を冷やす。
俺は電子ポットを取りに立ち上がった。そのときに見つけてしまった。毎日掃除機はかけていたつもりだったけれど。
部屋の隅に金色の毛が落ちていた。拾い上げて、ゴミ箱に放る。
天使はきっと美しくはないのだといつか考えたことがある。確かにそうだと思った。
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2023.12.3
湯たんぽは諸刃の剣
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