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第2話 強敵
視線が自分に向いたのを確認して、郁巳が、また話し始めた。
「説得というか……たとえば、相手が白だと思ってる事を、どーにかこーにか言いくるめて、黒に出来るかって事」
「はあ…? ……内容によるだろ」
「じゃあ… 恋愛経験、お前、あるよな、 少なくねえよな、っつーか、どっちかっつーと、多いよな?」
また話が飛んだし… 全然、つながらねえ、な…。
「…恋愛経験って、オレそんな遊び歩いてる訳じゃないけど… どこまでのをそういう言い方してるんだ?」
「好きだって言われたとか、お前が好きだと思ったとか、付き合ったとか、もう何でも良いし」
「…それ位なら、お前だってあるだろ」
お互い、わりと女子には人気がある。告白されたことや、付き合ったこと、少なくは、ない。
二人で暮らし始めてから、告白されてなんとなく、で付き合うことがなくなったけど。そこまで考えて、泰誠はふと、そういえば最近、恋愛してないな、なんて気付いたけれど、今はそれを話す時ではないので、口には出さず。郁巳の表情を探りつつ。
「…郁巳の言ってること、今んとこ全然わかんねえ」
そう言った。正直、必死な顔をされている割に、話の意味が全然分からず、疲れてきた。
「だから……とにかく、説得とか言いくるめるのとか、そういうの、お前うまいよな?」
「…うまかったらどうすんだよ。 ていうか、誰を説得すんだよ。内容と、相手によるってば」
「――――…」
「全くわからないからな、お前の言ってること。 そろそろちゃんと説明しろよ」
言うと、郁巳が一瞬黙り。
その後、意を決したように、泰誠をまっすぐ見つめてきた。
郁巳のことを、イケメン、と表現する奴は多いけど、「綺麗」が一番あてはまると、泰誠は思っている。
肌は白くて綺麗で、涼しげな瞳、すっと通った鼻筋、形の良い唇。髪の毛も少し明るいこげ茶色。全体的に色素が薄い。
どう見ても、「綺麗」。
さすがにこれだけ長年、毎日のように見慣れると、普段は気にしていないけれど、こうやって、静かにまっすぐ見つめられると、その綺麗さをまた認識させられる。
一度長い睫毛が伏せられて、それから、また、その目がまっすぐ泰誠に向かってきた。
「――――…オレさ」
「…ああ」
「……もう、自分でどう考えても、そうとしか思えない事があるんだよ」
「ん…」
ゆっくり、確かめるように話す郁巳に、泰誠は邪魔をしないように小さく相槌を打つ。
「自分の中で、色々葛藤して、すっごい覆そうと頑張って、それでも出た結論が、今ひとつあるんだ」
「…ああ」
まだ、それが何かは、全然分からない。
「それを、今から言うから… どんな手使っても良いから、覆してくんねえ?」
そこまで聞いて、一番最初に思ったことは。
「――――…………説得する相手、お前なのかよ……」
うーん…と、考えてしまう。
自分で言うのもなんだが、郁巳に論理力で勝てる自信はあまりない。
口喧嘩…というか、話し合い、言い合いになった時、郁巳が負けたところを見たことがない。
冷静に、的確に、相手がもう認めざるを得ないように、静かに紡ぐ言葉は、怒鳴るよりも強烈で。
頭も良いし、人の気持ちも分かるし、先を見据えて、話してくるので、もう、勝ちようがない。
けれど、別に勝ち誇るわけでもなく、自然と認めるしかない方向にもっていくので、大体いい方向に向かうのだけれど。
…そんな郁巳を、説得??
郁巳が、葛藤しながら頑張った挙げ句出た結論を、オレがひっくり返すなんて、出来るんだろうか。
「…オレにとって、お前が一番、強敵なんだけど…」
言うと、郁巳は心底困ったように、眉を顰める。
その表情に、胸が痛む。
…郁巳がこんな風に、頼ってくるのはめったにない。
頭の良い奴だから、普段は、色んな事を自分の中で解決出来ている。
そして、それは、まっすぐ、正しい方へ進んでいると、思う。
過去、何度かいきなり妙な話が始まったことはあった気もするけれど、そういう時も、大体話を聞いてやってる内に、勝手に結論を導きだしてた気がする。
それが今回、自分でできないから、説得してくれということであれば。
――――… 頑張ってみるしかないんだろうか。
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