泰誠は、ふー、と息を吐いて。ゆっくりと言葉を口にした。 「……出来るか、わからないからな？」 　出来るか分からないけれど、とりあえず、やってみる。 　出来なかったら　それはその時、郁巳がもう一度自分で考えるだろう。 　オレと話した事が、自分で再度考える時の、突破口になるかもしれないし。いいよ、やってみよう、と、そう思った。 　ただ、一応前置きとして、「出来るか分からない」と言ったが、「でもやってみる」と、すぐに続けるつもりだった。 　なのに。それを言う前に。 「それじゃ困る」 　郁巳が即、こう言った。 　泰誠は、その勢いに、唖然として、その顔を見つめてしまう。 「絶対、覆してくれないと、困るんだよ」 　……………………　無茶　言うなよ… 　もう、その必死さを見てると、つい、投げ出してしまいたくなってくる。 「あのさあ、郁巳…　　他の誰でもない、お前が、だぞ？」 「ん？」 「お前が、自分で考えて考えて、しかもそれを変えようと頑張って考えたのに出た結果を、オレがそう簡単に覆せると思うのかよ」 「やってくんねえと、困る」 「…………………………」 　本当に、意味がわからない。 　そんなに、「覆さないと困る」ようなものなら、「まちがってると思う」て事だろ。て事は、オレに頼らなくても、お前が自分で、「間違ってる、やめよう」と、それでいいんじゃないのか？ 　泰誠はそう思い、それをそのまま郁巳に言ってみることにした。それで片が付くんじゃないか、ついてくれと期待しながら。 「…てことは、間違ってるって事なんだろ？　じゃあ説得しなくても、自分の中で折り合い着ければ…」 　そう言うと、郁巳はきゅ、と唇を噛んだ。 　そしてその後。 「…………間違ってる、とは、思わないんだ。　だけど…　それは、すごく、困るんだ。勘違いだって思うんだけど…　自分では、納得できなくて」 「――――…………………………」 　自分が阿呆になったのかと思うほど、こんなに話しているのに、一向に、意味がのみこめない。 「……オレには荷が重い気がしてきた。　もっと他に、頭良い奴いない？　あ、ゼミの教授とか…」 「無理。こんな話、できない」 「…斉木先輩とか、三笠先輩とか…」 　泰誠は、ゼミで頼りになる先輩を男女一人ずつ挙げてみる。 　けれど郁巳は、小さく首を横に振っている。 「…どうしても、オレがいいのか？」 「うん。――……お前に、覆してもらうのが、オレ、一番納得出来るから」 　言い切った郁巳に、泰誠は分かった、と頷いた。 　が。 　やっぱり、少し、退いてしまうのは、相手が郁巳だから。 　…説得なんか、オレにできるか…？ 「一応、断っとくけど…」 「うん？」 「頑張ってはみるけど、無理だったら…　許せよな？」 「…覆すまで、頑張ってくれよ」 「…はあ…？」 「じゃないと、ほんと困る」 「――――…」 　何度も堂々巡りで悪いが、やっぱり断ると言いたくなってしまった。 　郁巳がこんなにしつこく言う事は無い。それだけ重い事柄なのだろうと予測できて、今までの話、全てなかった事にしたいと願う。 　だがしかし。 　もう、仕方ない。 　大事な同居人が。 　大好きな親友が。 　こんなに困っているのだから――――…　聞いてやるしか、ないだろう。 「………頑張っては、みる」 　言うと、郁巳は、ぱっと笑顔になって、大きく頷いて。 　それから、泰誠との間にあったガラステーブルをズルズルと動かし始めた。 「え？」 　コーヒーの乗ったテーブルが、郁巳と泰誠の間から消えると、郁巳は泰誠の真正面に、正座で座った。 「………お前、これ以上ドキドキさせんな…」 　一体何を言うつもりなんだよ。