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第5話 男同士

「あー………」 「うん?」 「……聞いてもいいか?」  泰誠がそう言うと、郁巳は、にこ、と笑った。あまり今まで見たことがないような、素直な、子供っぽいとも言えそうな、笑顔で。  その笑顔に一瞬固まりながら。郁巳の返事を待っていると。   「何でも聞いていーよ、何でも正直に言うから、説得して」  そんな無理難題、そんな笑顔で言われても、嬉しくないっつーの、  アホ郁巳…  口には出せず、ただ心の中で嘆いてしまう。 「…本気で考えて、お前の中でほんとにそんな結論が出たのか?」 「本気で考えた。ここ一ヶ月位、その事ばっか考えながら、暮らしてた」  …ああ。  …と、妙に納得したのは、言われてみればその事には心当たりがあるから。  ふっと気づくと、じぃっと見つめられていて、なのに目を合わせようとすると、不意に視線を逸らされたり。呼んでも気付かない位、ぼーっとして考え込んでいる姿も、よく見ていた。  何度か、名を呼んで声もかけていたけれど、まともな返事が戻ることはなく、何度か諦めた記憶がよみがえる。  …まさか、そんな事を考えているとは、思わなかった。 「…男同士、とか… は、自分でもう、考えたよな?」 「…当たり前」  泰誠の言葉に、郁巳は、うん、と大きく頷いた。 「勘違いじゃないかって、すっごい考えた」 「――――……勘違いではなかった?」 「…勘違いだって、自分で納得できないで終わっちゃうんだよ」 「――――…」 「だから、勘違いだって、オレに思わせてくれると助かる」  難しい。  ――――…普通そういうのって、自分の中で分かるものだろ…。  勘違いじゃないって自分で思ってるのに…  それを他人が覆すって。出来んのか。 「…オレな、郁巳」 「うん」 「――――…オレも、お前のこと、すごい好きだし、一緒に居たいと思ったから、一緒に住もうって言ったんだけど」 「うん」 「…お前も、オレと一緒に居たいとかそういうのを、ただ、好きって思ってるだけ…じゃないのか? その気持ちがちょっと強い、とか…」  まず思いつくところから、聞いてみることにして、言ってみる。  「そうなのかなあ」とか、言って、考え直してくれたら、いいんだけど。  泰誠の言葉を黙って聞いていた郁巳は、じー、と泰誠を見つめた後。 「………悪いけど」 「………」 「……そういう好きとは、明らかに違う気がして…」  郁巳の返事は、泰誠が抱いていた淡い期待をはるか遠くに蹴り飛ばしてしまった。  ……まあでも、そうだよな。  一カ月考えて、勘違いじゃないって結論だしてんだから…  ……こんなので、覆るわけもない、よな…。  でもここで黙りこくる訳にはいかない。  いま、ここで、沈黙が襲ってきたら、何も考えることができなくなる気がする。そう思って何か言葉を探していると、郁巳が話し始めた。 「もちろん普通に好きな奴は他にもいっぱい居るけど… その仲良い奴らを、こんな風に好きだなんて、思わないし…」 「――――…」 「…一緒に暮らしても良いと思った奴なんて、お前だけだし。 お前の事一番好きなのは… 前から分かってたんだけど……」  ……こういう台詞は、すごく嬉しい。  …………喜んでる場合じゃない、とは、分かっているのだが。  分かってるけど、やっぱり嬉しい…  ……いやいや、違う違う。 「郁巳…」 「ん?」  気を取り直して名前を呼んだ泰誠に、郁巳はにこ、と笑った。  ……また、そんな笑顔。 こんな時には欲しくない。 「…オレら、男同士だろ?」 「うん」 「…男同士って…プラトニックならいいと、思うんだけど…  …男同士って事は……」 「――――……」  ここまで言って、一旦思考がストップした。  恋愛感情なんて、言うからには。  そういう、恋愛の故にする行為も、頭には浮かぶが……  ………最後まで想像ができない。  いや、しちゃいけないような気が、する。  郁巳はじぃっと泰誠を見てくる。まっすぐな、綺麗すぎる瞳には、何もかも見透かされそうで、本当に困る。仕方なく、何とか言葉を選んで、こう言ってみた。 「…オレの事好きで…そういうのをしたいと思う…?」 「――――………」  ものすごい長い沈黙が返ってくる。  心臓が、なんだかドキドキして痛い。  沈黙がマズイと分かっていたのに、  何で、沈黙になると分かり切った質問をしたんだ。  自分に腹を立てながら、この沈黙をどうしようか考えていたら。  郁巳は。にっ、と笑った。 「…泰誠に、襲いかかりたいとか?」 「!」  あんまりびっくりして 声も出ない。  何の感想も持てないまま、ただただ唖然としてると、郁巳がプッと笑った。 「襲いかかりたいとは、これっぽっちも思わないよ」 「…………そ、か」  ドッキドキドキドキ。  は。よかった。  心臓止まるから、やめてくれ、もう。ほんとに…。  急な心拍数の上がり方に、ふー、と息を整えていると。 「――――…でも」 「ん? でも?」  今度はさっきみたいな「にっ」という笑顔もなく、完全な真顔で。 「オレ、襲われるなら、良いかもと、思う」 「――――…………は…?」  じいっと見つめてくる、郁巳。  その顔が、綺麗すぎて。  ……参る。  襲われても良い、なんて。  …………他の男に言われたら、鳥肌立ちそうなものなのに。  浮かんだ感情は、それとはまったく別の物。  つい数分前まで、こんなに思考停止になるなんて、考えもしていなかった。  もはや何も、考えられない。

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