5 / 18
第5話 男同士
「あー………」
「うん?」
「……聞いてもいいか?」
泰誠がそう言うと、郁巳は、にこ、と笑った。あまり今まで見たことがないような、素直な、子供っぽいとも言えそうな、笑顔で。
その笑顔に一瞬固まりながら。郁巳の返事を待っていると。
「何でも聞いていーよ、何でも正直に言うから、説得して」
そんな無理難題、そんな笑顔で言われても、嬉しくないっつーの、
アホ郁巳…
口には出せず、ただ心の中で嘆いてしまう。
「…本気で考えて、お前の中でほんとにそんな結論が出たのか?」
「本気で考えた。ここ一ヶ月位、その事ばっか考えながら、暮らしてた」
…ああ。
…と、妙に納得したのは、言われてみればその事には心当たりがあるから。
ふっと気づくと、じぃっと見つめられていて、なのに目を合わせようとすると、不意に視線を逸らされたり。呼んでも気付かない位、ぼーっとして考え込んでいる姿も、よく見ていた。
何度か、名を呼んで声もかけていたけれど、まともな返事が戻ることはなく、何度か諦めた記憶がよみがえる。
…まさか、そんな事を考えているとは、思わなかった。
「…男同士、とか… は、自分でもう、考えたよな?」
「…当たり前」
泰誠の言葉に、郁巳は、うん、と大きく頷いた。
「勘違いじゃないかって、すっごい考えた」
「――――……勘違いではなかった?」
「…勘違いだって、自分で納得できないで終わっちゃうんだよ」
「――――…」
「だから、勘違いだって、オレに思わせてくれると助かる」
難しい。
――――…普通そういうのって、自分の中で分かるものだろ…。
勘違いじゃないって自分で思ってるのに…
それを他人が覆すって。出来んのか。
「…オレな、郁巳」
「うん」
「――――…オレも、お前のこと、すごい好きだし、一緒に居たいと思ったから、一緒に住もうって言ったんだけど」
「うん」
「…お前も、オレと一緒に居たいとかそういうのを、ただ、好きって思ってるだけ…じゃないのか? その気持ちがちょっと強い、とか…」
まず思いつくところから、聞いてみることにして、言ってみる。
「そうなのかなあ」とか、言って、考え直してくれたら、いいんだけど。
泰誠の言葉を黙って聞いていた郁巳は、じー、と泰誠を見つめた後。
「………悪いけど」
「………」
「……そういう好きとは、明らかに違う気がして…」
郁巳の返事は、泰誠が抱いていた淡い期待をはるか遠くに蹴り飛ばしてしまった。
……まあでも、そうだよな。
一カ月考えて、勘違いじゃないって結論だしてんだから…
……こんなので、覆るわけもない、よな…。
でもここで黙りこくる訳にはいかない。
いま、ここで、沈黙が襲ってきたら、何も考えることができなくなる気がする。そう思って何か言葉を探していると、郁巳が話し始めた。
「もちろん普通に好きな奴は他にもいっぱい居るけど… その仲良い奴らを、こんな風に好きだなんて、思わないし…」
「――――…」
「…一緒に暮らしても良いと思った奴なんて、お前だけだし。 お前の事一番好きなのは… 前から分かってたんだけど……」
……こういう台詞は、すごく嬉しい。
…………喜んでる場合じゃない、とは、分かっているのだが。
分かってるけど、やっぱり嬉しい…
……いやいや、違う違う。
「郁巳…」
「ん?」
気を取り直して名前を呼んだ泰誠に、郁巳はにこ、と笑った。
……また、そんな笑顔。 こんな時には欲しくない。
「…オレら、男同士だろ?」
「うん」
「…男同士って…プラトニックならいいと、思うんだけど…
…男同士って事は……」
「――――……」
ここまで言って、一旦思考がストップした。
恋愛感情なんて、言うからには。
そういう、恋愛の故にする行為も、頭には浮かぶが……
………最後まで想像ができない。
いや、しちゃいけないような気が、する。
郁巳はじぃっと泰誠を見てくる。まっすぐな、綺麗すぎる瞳には、何もかも見透かされそうで、本当に困る。仕方なく、何とか言葉を選んで、こう言ってみた。
「…オレの事好きで…そういうのをしたいと思う…?」
「――――………」
ものすごい長い沈黙が返ってくる。
心臓が、なんだかドキドキして痛い。
沈黙がマズイと分かっていたのに、
何で、沈黙になると分かり切った質問をしたんだ。
自分に腹を立てながら、この沈黙をどうしようか考えていたら。
郁巳は。にっ、と笑った。
「…泰誠に、襲いかかりたいとか?」
「!」
あんまりびっくりして 声も出ない。
何の感想も持てないまま、ただただ唖然としてると、郁巳がプッと笑った。
「襲いかかりたいとは、これっぽっちも思わないよ」
「…………そ、か」
ドッキドキドキドキ。
は。よかった。
心臓止まるから、やめてくれ、もう。ほんとに…。
急な心拍数の上がり方に、ふー、と息を整えていると。
「――――…でも」
「ん? でも?」
今度はさっきみたいな「にっ」という笑顔もなく、完全な真顔で。
「オレ、襲われるなら、良いかもと、思う」
「――――…………は…?」
じいっと見つめてくる、郁巳。
その顔が、綺麗すぎて。
……参る。
襲われても良い、なんて。
…………他の男に言われたら、鳥肌立ちそうなものなのに。
浮かんだ感情は、それとはまったく別の物。
つい数分前まで、こんなに思考停止になるなんて、考えもしていなかった。
もはや何も、考えられない。
ともだちにシェアしよう!