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第8話 試す

「んー…………」  少し唸りながら、考えこんでいた郁巳が、不意に顔をあげた。 「泰誠、オレの事、嫌い?」 「あ? 話聞いてた? 嫌いなんて、言ってない」  言うと、今度は。 「オレのこと、嫌いになる?」 「 ……ならないよ」 「…何があっても?」 「ならない」  次々聞かれることに、すぐに答えていく。  少し、沈黙の後。 「……オレが、何しても?」 「お前が何しても… 嫌いにはならないと思う」 「ふぅん……嘘じゃねえ?」 「嘘なんかつくかよ…」  何だか本当に、ぐったりしてきた。ため息とともに、俯いた時。 「――――…泰誠」 「ん?………?」  呼ばれて顔を上げた瞬間、視界が暗い。  次の瞬間。泰誠は、身動きどころか、息すらもできなくなった。 「――――………」  郁巳に、抱きつかれて、しまった。  一瞬キスされるのかと思う位近づいた唇は、とっさの所で避けられて。そこから、首に両腕をまきつけられて、ぎゅう、と。 「郁巳…?」  少しの沈黙の後。  郁巳が、呟くように。 「――――…………ドキドキするか、試してみたくて …」  そう言った。 「…だ…誰が?」 「? オレがだよ、決まってんじゃんか…」  ………そりゃそうだ。  でも、…オレがドキドキするか確かめたのなら――――……  これは、半端じゃない。  風呂上がりの、良い匂いの郁巳に、ぎゅ、と抱き締められて。  ……キスされるかと、思った。  その時大きく弾んだ心臓が、全然収まらない。 「……んーー… …なあ…泰誠?」 「…え?」 「…お前が、ドキドキしてね?」  抱きついたまま。  郁巳がそう呟いた。  笑うでもなく、からかうでもなく。ただポツリ、と。  …………… もう、何と言ったらいいのやら。 「………泰誠?」  少しだけ力を緩めて、離れて。  郁巳が間近で、泰誠を覗き込んでくる。 「――――……」  間近で見ると。  本当に、綺麗すぎて。  ほんとうに、困る。 「…ッ……お前、フザけ過ぎ…」  泰誠は苦し紛れにそう言って、郁巳の肩を掴んで、自分から引き離させた。  郁巳の顔が、何だかまっすぐに見れなくて、前髪を掻き上げる素振りで視線を外し、時計を見た。 「もう1時だな…」  声が。まともにでているか、怪しい。  …それでも、ここでまた沈黙する訳にはいかなかった。  ここで黙ったら、何だか、さっきよりも深刻になりそうな気がする。  すると。 「…悪り。 フザけ過ぎたかも」  言って、郁巳は立ち上がった。 「でも今日言った事は、フザけてないから…」  言われた言葉に、泰誠は郁巳を見上げた。  目が合った瞬間、郁巳は、にっこり微笑んだ。 「――――…おやすみ」  言って。  郁巳はリビングを、出ていった。 「――――………………」  やっぱり頭の中はパニックで。  …しかも、さっきのパニックよりも、ヒドイ。  抱き付かれた事。   唇が…触れるかと、思った事。 あんなに間近で見た、郁巳の、顔。  もう、何もかもが、パニックを引き起こす要因に、なってしまった。 『…お前が、ドキドキしてね?』  さっきの郁巳の言葉が、頭によみがえる。  ……… ドキドキか ……   自分が言ったんだ、オレは。  ドキドキするかどうか。そういう事したいと思うかどうかが、  友情と恋愛の違いだって。  ………… それで何でこっちがドキドキしなきゃいけないんだ。  …結局の所、あいつは、ドキドキしたのか? 「――――…はー…」  ………聞くんじゃなかった。  ドキドキするか、なんて、聞かなければ良かった。  真剣に、困って。  本当に心底、どうしていいのやら、分からない。  この、ドキドキが、いつ収まるのか。  この、頭の中のパニックが完全に収まるのはいつなのか。  …………… 頭痛が、してきた………。

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