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第10話 困る?

「何か、郁巳、機嫌良くねぇ?」 「あっオレもそう思ってた。何か、今日朝からずっと浮かれてたよな?」 「何か良いことあったのかね? 泰誠、知ってる?」  授業の後、学食で友人達とのんびり話しをしていた時。  少し離れた席で笑っている郁巳を見て、皆が口々にそう言い出した。  確かに。  …皆が口をそろえて言う位、郁巳はかなり、機嫌が良い。  あれから週末の間、よく見せていた、素直な、笑顔。  それを今日は、惜しげもなく皆に振りまいていた。  ……おいおい、笑顔ふりまきすぎ、郁巳。  それじゃ、女の子達、勘違いしてしまうと思うけど。  泰誠は、何だか見ていられなくて立ち上がった。  今日は午後の一コマが休講なので、もうこれで帰れる。別にいつまででも、話していることもできるのだけれど。  盛り上がってる場の雰囲気に、声をかけるのを一瞬躊躇うが。 「泰誠、もう帰る?」  郁巳の方から、すぐに泰誠に気付いて、呼びかけてくる。 「…ああ、帰ろっかな」 「一緒、帰る!」  ――――…飼い主の所に駆け寄ってくる子犬。  まさにそんな感じで、近寄ってくる郁巳に。 どき、として、思わず退いてしまう。  ああ、ほんと…どうすっかなあ……  郁巳を見て、ため息をつきそうな泰誠。  そんな様子に、郁巳がまっすぐに泰誠を見返して、首を傾げてる。 「どうかした?」 「いや…… 別に何もない。 …じゃあな~」  何とか郁巳に答えてから、皆に軽く別れを告げて歩き出す。  郁巳も皆に別れを告げながら。 泰誠の隣に並んだ。  駅までの道を歩きながら、泰誠は少しため息をついた。 「…なあ、郁巳?」 「ん?」 「……何でそんな、笑ってんの?」 「は??」  郁巳は、ぽかん、と口を開けて、それから首を傾げる。 「…どういう意味??」  その顔に、また少しため息をついてしまう。 「…意識してないのか?」  言うと、郁巳は、んー…と少し唸りながら。 「笑ってる…かな?オレ」 「…ん、かなり。 皆も言ってたし」 「皆も? ……んー…… 言われてみれば、笑ってる、かもなぁ…」  そう言って、それから何が可笑しいのか、ふわりと楽しそうに微笑む。 「…だから何で?」 「…てか、別にオレ、今までだって、笑ってなかった訳じゃなくねえ?」  クスクス笑いながら郁巳は言う。   そりゃそうだ。  もちろん、今までだって笑ってはいたけれど――――…。  そうじゃ、なくて。  何と言ったら良いか困っていた泰誠に。  郁巳は、ふ、と笑みを浮かべた。 「…意識してる訳じゃねえけど…」 「…ん?」 「――――……オレもう言ったからさ、お前に」 「――――…」  に、と笑って。 言葉を失ってるオレを見上げる。 「後はお前に説得して貰えばいいだけだから」 「――――…」 「悩んでた分、すげえ、吹っ切れた気分なんだよな。…だから、かも?」  見とれてしまう位、鮮やかに。笑んで。  ――――…郁巳はそう言った。  そんな笑顔に、泰誠が、感じたのは。  ……かなり、不可解な、気持ち。  郁巳にとって、オレを好きっていうことは、あんな風な笑顔を奪ってしまってた位。 ――――…… 嫌な事、なんだろうか。  …そう思うと、何だかちょっと。  …自分でも納得のいかない、沈んだ気持ちになって。首を傾げてしまう。  その様子を見とがめた郁巳が、泰誠を見上げた。 「…この答えじゃ納得できねぇ?」 「いや――――…そうじゃないんだけど…」 「けど?」  じっと、見つめてくる郁巳。 「…オレが、説得できないと、お前は、困る?」 「…うん。 ほんとに、困る」  一瞬で眉を顰める郁巳。  さっきの笑顔が突然跡形もなく消えてしまった事に、慌てて。 「すればいいんだろ? そしたら、困らないんだよな?」  言うと。 「うん」  またすぐに、にっこり笑う。  ん、分かった、と笑い返しておくけれど。  心の中にはやっぱり納得いかない感情。  ――――…オレの事好きだと、困るのか。  ならなんで、好きになんて、なるんだ。  嫌なら、好きになんてならなきゃいいのに。  頭を掻きむしりたい位。感情がぐちゃぐちゃ。  けれど、郁巳がニコニコ見つめてくるから、そういう訳にもいかない。  ――――……ああ、もう  ほんとうに、訳がわからない。  くっそ。  説得なんか、どーやってすんだよ。  

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