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堕天使登場
瑛斗は声をかけることも忘れ、しばらくぼけっと影を眺めていた。すると突然その影が、水の中でちゃぽん、と音を立てて立ち上がった。灯りに照らし出されたその姿に瑛斗は目を奪われた。
確かに人のようだ。けれど、暗闇でもぼんやりと浮かんで見える、透き通るような白い肌に、漆黒の髪。その色白の肌に映える真っ赤な唇。細いが、引き締まった上半身。その背中に一瞬真っ黒な羽が見えた気がした。白ではなく、闇の中に溶け込んだような艶のある黒い翼。
堕天使。
そんな一言が瑛斗の頭に浮かんだ。無垢な天使というよりは、どこか危うい深い闇のような雰囲気に、悪魔へと転身してしまった堕天使を連想させた。もちろん、よく見れば羽なんてどこにもない。
瑛斗はその人影から目が離せないまま、その場に突っ立っていた。
「誰?」
そう日本語で話しかけられて、はっと我に返る。堕天使がじっとこちらを見ているのがわかって焦った。
てか、あの人、日本人?
「あ、あの……」
これは日本語で道を尋ねるャンスだと聞かれた問いに答えようとするが、口がパクパクと動くだけで言葉がすんなり出てこない。
すると、色白の堕天使がゆっくりとプールの中をこちらへ向かって移動してきた。それだけで、瑛斗の鼓動は緊張で早くなる。そして堕天使がプールから上がってきた瞬間、瑛斗は驚きのあまり完全に固まった。
裸なんだけどっ。
堕天使は裸だった。全く気にする様子もなく、生まれたままの姿で、瑛斗のほうへ近づいてくる。瑛斗の目の前までくると、じっとこちらを見下ろした。かなり背が高かった。170センチちょっとの瑛斗よりも優に10センチ以上ありそうだった。
「お前、日本人?」
なんか偉そうなやつだな。
少し高圧的な言い方に不快になったが、とりあえず聞かれた質問にきちんと答えようと努める。
「そうですけど……」
「……なにしてんの? ここで」
「いや、あの、帰る道がわからなくなってしまって、道を聞きたくて……ちょ……」
瑛斗の説明が終わる前に、堕天使の男が突然動いた。片手を伸ばして瑛斗の顎を強引に持ち上げると、品定めするかのように瑛斗の顔を見つめてくる。その無遠慮な行動に、瑛斗はムッとした。
「なにすんだよ」
強めに言い放ち、その手を振り払う。すると、堕天使はちょっと目を見開いて、それから口角を上げて軽く笑った。
「なんだ、可愛いだけかと思ったら、粋もいいな」
「……どういう意味だよ。そりゃ、勝手に入ってきたのは悪かったけど、初対面の人間にその態度は失礼じゃねーの?」
「……そうか?」
「そうだって」
「そうなのか……」
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