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半強制デート

「……とにかく、俺はお前とは行かないから」  声を潜めて断ると、男は、ふーん、そっかぁ、と間延びした声で言い、自分の右ひじを瑛斗へ突き出してきた。怪我をしたらしく、包帯が巻いてある。 「これ、昨日、怪我したんだけど。中嶋瑛斗くんに突き飛ばされて、その拍子にひじがプールサイドんとこの置物に当たって。ざっくり切れた」 「マジで……?」 「マジで。すげぇ痛かったんだけど。しかも、中嶋瑛斗くん、うちの敷地に勝手に入ってきたし。防犯カメラにばっちり顔も映ってたし、突き飛ばされた時の画像もあるし、これ、なんつーか、不法侵入に暴行罪ってことになんじゃない?」 「…………」 「まあ、でも。道に迷って困ってたみたいだし、わざと突き飛ばしたわけでもないと思うし。今日1日、文句言わずに付き合ってくれたら、綺麗に水に流してもいいけど」 「……堕天使じゃねーな、悪魔だわ」 「え?」 「なんでもない……わかった。付き合う」 「あ、ほんと?」  瑛斗が了承した途端にニタリと笑うその笑顔は、堕天使なんてレベルじゃなかった。まさに悪魔そのものだった。 「じゃあ、行こ。車、外にあるから」  悪魔にさりげなくというよりは強引に手を繋がれた。 「おいっ。なんで手ぇ繋ぐわけ??」 「デートだから。大丈夫、日本みたいにジロジロ見られないし」 「そうかもだけど、いや、そういうことじゃなくて……」  男は瑛斗の話など全く聞いている様子がなかった。瑛斗の手を引っ張って、どんどんと出入り口へと向かって歩いていく。瑛斗は半ば引きずられるようにしてホテルを後にすると、ロータリーに駐車されている男の車まで辿り着いた。 「……これ、マジ?」 「乗って」  男の車を目にして軽く固まった。乗るように言われた車は、凡人には一生縁がない、フェラーリの中でも希少で手に入れることが難しいと言われているモデルだった。 「これ……。お前が運転するの?」 「そうだけど。運転手いるとふたりきりになれねーし」 「……普段運転してねーんだろ? 大丈夫なのか?」 「大丈夫だと思うけど。こういう車、嫌? やっぱり運転手付きのほうがいいか? リムジンとか」 「いや、そういうことじゃなくてさ。まさか人生でこんな高級車に乗ることがあると思ってなかったから。ビビッてるだけ」 「……そう?」  男はよくわからないと言った顔で、助手席のドアを開けた。 「まあ、乗って。中嶋瑛斗くん」 「あ……はい」  戸惑いながらも車体の右側へ回り込み、助手席に乗り込んだ。洒落た内装からしても、普通クラスの車とは全く違う。  瑛斗がシートベルトを締めたことを確認すると男がエンジンをかけた。

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