29 / 38

数ある出来事の1つ

「ん……」  頭に優しい感触を感じて意識が浮上した。 「瑛斗」  名前を呼ばれてゆっくりと目を開ける。横たわる瑛斗の目の前に、相良の顔があった。相良の手が優しく瑛斗の頭を撫でている。 「おはよ」 「はよ……」 「もうそろそろ起きないと、間に合わないから」 「ん……」 「今だったら、ゆっくりシャワー浴びて、朝飯食べて行ける」 「俺、どれくらい寝れた?」 「2時間ぐらい」 「そうか……」  ぼうっとする頭で起き上がる。体全体がだるい。腰も重いし、体のあちこちが微かに痛んだ。 「めちゃめちゃ体しんどいんだけど……」 「そりゃ、あれだけヤったらな。瑛斗、処女だったし」 「……なんか、その響きすげぇ恥ずい……」  うわ、尻の穴が痛いんだけどっ、とブツブツ言いつつベッドから降りる。 「相良は寝たのか?」 「少しな」 「全然疲れてるように見えねーな」 「ん……まあ、普段からあんまり寝ないから。不規則なのは慣れてるし」 「そうなの?」 「そう。瑛斗、シャワー行ってきな。時間なくなる」 「ん……わかった」  相良に促されて素直に浴室へ向かう。ドアを開けて浴室に入ると、昨日散らかしたことが嘘のように掃除され、元の綺麗な状態に戻っていた。  すげぇな。  使用人たちの仕事の早さに素直に感動する。  この手際の良さからすると、もしかしたらこんなことは良くあるのかもしれない。そう考えると、瑛斗の胸が少し痛んだ。  昨日の慣れた様子から見ても、相良が男と経験があることは明らかだった。もちろん女ともあるのだろう。あのステータスと容姿ならば、不自由なく遊んでいるだろうし。瑛斗との一夜も、それの延長線上の数ある出来事の1つなのだ、きっと。  どれだけ甘い言葉を囁かれても、それは情事中の熱い雰囲気につい出たもので、その場限りのリップサービスみたいなものだとわかってはいる。わかってはいるけれど。  どこかで、あれは嘘じゃなかったのではと期待してしまう自分がいる。

ともだちにシェアしよう!