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Love2 会話

「落ち着いたか?」 「…はい。さっきはすみませんでした」 「いや、気にするな」 泣き止むまでずっと背中を撫でてくれた彼に礼を伝える。 少し広い庭に設置されたベンチに座り、僕はハンカチで涙を拭く。 泣き過ぎて鼻がツンと痛んだ。 「そう言えば俺の名前言ってなかったよな。俺は北村碧生(きたむらあおい)だ。んで、こいつは平塚佳祐(ひらつかけいすけ)。俺達の事は下の名前で呼んでくれて構わないから」 「宜しくなー!」 「……あ、僕は篠原ノアと言います…とは言っても、知ってる人ばかりですが…」 チラッと碧生さんを見る。 僕を知らない人が居たなんて。 碧生さんの隣に座る佳祐さんは知っていたのに…。 「それよりさ、君って何人の男と付き合ってきた?男同士でも気持ちいい?」 「おい、こいつにそんな失礼な事聞くな」 「別に良いだろ?噂が本当か知りたいだけだし」 佳祐さんの言葉に僕は苦笑う。 すかさず碧生さんが入ってくれたけれど、誤解されたままなのも嫌だから話す事に決めた。 「あの…僕は誰ともお付き合いした事もなければ、その…経験もありません…」 「えっ!?マジで!?一度も!?」 「マジで黙れ変態…お前も素直に答えなくて良いんだぞ」 「いえ…誤解されたままなのは嫌なので…すみません」 勢い良く立ち上がった佳祐さんに、庭に居た学生達が一斉にこちらを向く。 碧生さんは佳祐さんの頭を掴み無理矢理座らせる。 「何だよ碧生!お前も気にならないのかよ!」 「お前はくだらない嘘に惑わされ過ぎるんだろうが」 「走る事しか頭にないお前に言われたくないね」 「あぁ!?」 「じょ、冗談だよ。ノア、こいつ短気だから気を付けろよ」 「…あ…はい」 「……お前…」 「はい?」 2人の掛け合いを聞いていたら、ふと呼ばれた名前。 家族以外に呼ばれた事の無い名前がくすぐったく、小さく笑いながら答える。 碧生さんは目を大きく見開いて何かを言いかけていたけど、やっぱり何でもないと言われてしまった。 その後、僕が絡まれて助けに入った話を聞いた佳祐さんが、僕と碧生さんを交互に見て聞いてきた。 「あのさぁ、すっげぇ気になったんだけど、何で碧生が新しい服着てんの?普通逆じゃね?」 「「……あ」」 佳祐さんの言葉に、僕と碧生さんの声が重なる。 申し訳なさそうに僕を見た碧生さんは、飲み物買って来ると告げ行ってしまった。 僕と佳祐さんが顔を見合わせた時だった─。 ✻✻✻✻✻ ✻✻✻✻✻ ✻✻✻✻✻ ✻✻✻✻✻ ✻✻✻✻✻ ─ドカッ!! 「ひっ!!」 「びっ、びっくりしたぁ!」 どこからともなく飛んできた物に、僕と佳祐さんは思わず体を強張らせた。 ボールペンがベンチに刺さっているのが見える。 誰の仕業か分かった僕は、恐る恐る顔を上げた。 遠くから鬼の形相でズカズカ歩いて来る青年に、何か誤解が生じていると僕は気付く。 「ノア!」 「うーわー。これまた美少年が来た」 名前を大声で呼ばれビクッとなった。 佳祐さんののんびりした声が聞こえたけど、僕の心はそれどころじゃなかった。 これから起こる展開が分かっているから。 その証拠にほら…。 「ノアの変な写真撮ったのはお前?」 「…はい?」 「言い訳は良いから一発殴らせなよ」 「まっ、待って!この人は助けてくれた人の友人だから違うよ!」 「…チッ」 「ん?んん?」 胸倉を掴んで怒鳴る青年に、僕は慌てて訂正する。 虫の居所が悪かったのか盛大な舌打ちをして離れた青年に佳祐さんが困惑していた。 クリクリとした大きな瞳をした可愛い顔の青年は、高校時代からの友達だ。 名前は鈴原愛斗(すずはらまなと)。 女子より可愛いと言われてる程に、ゲイである僕から見ても可愛い。 けれど、口の悪さが災いして近寄りたくない人になってしまっているけど。 「お前一年だろ?先輩には敬意を払えよ」 「あ、あの、絡まない方が…」 愛斗の態度が気に入らなかった佳祐さんが注意する。 一応絡まないよう伝えるも遅過ぎた。 「はぁ?早く生まれただけのくせして偉そうに言わないでよ。それに、知らない相手に敬意を払えって…あんた何様?」 「年上に対してその態度はないだろ?年下の癖に生意気なんだよ」 「僕に年は関係ないね。年上って言う権利を押し付けないで」 「ぐっ…本当に生意気な奴だな」 佳祐さんの言葉に、ふんっ!とそっぽを向く愛斗。 どうしよう……。 碧生さん早く戻って来ないかな。 二人の険悪な雰囲気にあたふたする。 「何でここだけ異様に暑いんだ?」 「あ、碧生さん!」 「ん?どうかしたのか?」 ふと、後ろから聞こえた声に勢い良く振り向いて名前を叫んでしまった。 両手にお茶を持って立つ碧生さんは、また1人増えてるって呑気に呟いた。 「なるほどな。友達思いの良い奴じゃないか」 「なぁ……今の説明聞いてどこに良い奴要素が?」 「良い奴要素しかなかったでしょ…ゴクゴク…」 何があったのか聞かれ、佳祐さんが碧生さんに説明した。 ベンチに4人で座り、碧生さんが買って来てくれたお茶をもらった。 碧生さんが納得しながら頷き、すかさず佳祐さんが愛斗を見て反論するも、間違ってませんが?みたいな顔する愛斗。 碧生さんにもらったお茶を一気に飲む愛斗を横目に、僕もキャップを開けてお茶を口に流し込む。 「……大変だ、碧生。俺のお茶がないぞ」 「知らん」 佳祐さんの言葉に僕は愛斗を見る。 …多分…いや絶対、佳祐さんが飲む筈だったお茶は今、愛斗が飲んでいるやつだ。 碧生さんもチラッと見てたから気付いてる筈。 「あ、あの、僕、買って来ますね」 「そこまでこいつにしなくて良い」 「酷いっ!」 「はぁ、しょうがないな。はい、これ」 「……え、なにこれ……」 「お茶」 「……え、なに、捨てて来いと?」 「バカなの?半分残ってるの分かんない?要らないなら全部飲むけど」 「……っ…飲むよ!」 愛斗…半分残してたんだ。 佳祐さん、愛斗がごめんなさい。 悪い奴じゃないんです。 ただ、口調が少し乱暴なだけなんです。 僕は心の中で佳祐さんに謝る。 空を見上げれば、雲がゆっくり流れ鳥が飛んでいる。 なんて穏やかなんだろう。 「やべっ!次の授業が始まるぞ碧生!」 「おう、じゃあなノア。もう絡まれるなよ」 「あ、は、はい。お茶ありがとうございました」 佳祐さんの言葉に慌ただしく去って行く碧生さんに、僕はもらったお茶を見せながらお礼を言う事しか出来なかった。 「ノンケはやめなよ。泣く事になるのはノアだからね」 「どう言う…意味?」 「だから、あの助けてくれた先輩を好きになるなって言ってんの」 「…それはないから大丈夫だよ」 「そう。…兎に角、僕は忠告したから」 愛斗はそう言うと、ベンチから立ち上がり僕を見下ろした。 ─愛斗の言いたい事は良く分かる。 僕達は同じ秘密を抱えた同士。 だからこそ、ノンケに恋する事がどれ程苦痛になるか知っている。 ……まだお茶が残るペットボトルを手に、僕達はベンチを後にした。

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