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不法投棄
「じゃあな、冬雪。よいお年を」
アトリエから地上に繋がる出口まで司を見送った。
「どうせ明日も会うだろ」
冬雪は柔和な笑顔を浮かべながら、眼鏡のフリッジを押し上げる。
外気温は凍てつくように寒くて、空気は澄んでいた。もうすぐ、年が明ける。
司のパートナーは海外でニューイヤーコンサート、冬雪は特定の相手がいなかった。つまりはさみしい独り身同士、大晦日に変わらない夜を過ごしていた。
アトリエのグラスを片付けて、さっさと寝てしまおうと外灯を消すために屈んだとき、数メートル先に凭れ掛かるようにして人間が落ちていることに気が付いた。
「あの、大丈夫ですか?」
スプーンひと匙くらいの良心で塊に話し掛ける。
キレイな顔をした青年が落ちていた。柔らかそうな猫っ毛に、俯いた頬はまろい。
「外寒いんで、動けるようならもっと温かいところで休んだほうがいいですよ」
揺り動かそうと肩に触れて、あまりの冷たさに驚愕する。
「え、あの君。本当に大丈夫?」
冬雪は接客業のわりに人間が嫌いだ。人間が嫌いというよりは偏食家であるといったほうがいいかもしれない。
とにかく人間の好き嫌いが多いし、表情にこそださないものの分かりにくい皮肉が言葉の端に滲み出る。
学生時代は容姿や名前の印象から「薄氷の王子様」という二つ名で呼ばれていたが、本人はまったく気に入っていなかったし気にしてもいなかった。
海外の血が混ざっているから色素は薄く、背が高い。なにより特徴的な水晶のような瞳は、湖を覆う薄氷のように繊細で美しい。まるでブルーダイアモンドのようだと留学先の紳士に言われたこともある。
勝手なイメージが先行して、人優しく穏やかな人だと思われていたが、心を許す人はほとんどいないし、そもそも他人に興味がない。
だから酔っ払いが街中で行き倒れていようが世話を焼く性質ではない。
むしろアルコールを取り扱う身でありながら、どちらかというと酔っ払いは苦手だった。
ただ、ダッフルコートを抱きしめるようにして眠っていた青年が思ったより幼かったのと、きれいな顔立ちをしていたから、すこしだけ庇護欲に駆られた。気まぐれのサポート。
「あの、ここ、どこ?」
「気が付いた? 気付いたなら自分で脱いでもらっていい?」
「脱ぐの?」
状況が見えない。目の前にはキレイなお兄さんがいた。歩夢が着ていたセーターを手にしている。
「身体も冷えてるし、道端で寝ていた人にベッドを貸すならせめて風呂にはいってほしい。ほら、できる?」
セーターの下に着こんでいたチェックのシャツを引っ張られる。
指を動かしてボタンを外そうとするけれど、どうにも指の感覚がない。
指先をグーパーと動かして、まとまらない思考を一巡して口を開いた。
「できない」
自分ひとりで上手にできるいい子だったのに、いまは何もできない。無性に悲しくなってきて泣きたい気持ちになりながらお兄さんを見上げる。
「やって?」
お願いすれば盛大な溜息を吐かれた。
「本当、可愛く生んでくれた親に感謝しなよ。これでむさい男だったらとっくに蹴りだしてる」
アイドル顔だとはよく言われる。芸能人なら誰だれに似てるとか、でも歩夢はぜんぜんテレビを観ないし、観る暇もないから、詳しくない。
「いいよ、やってあげる。下は自分でできる?」
酔った頭はぼやけていて、出されている指示をちゃんとやらなきゃという気持ちでいっぱいになる。容量はよくないのだから与えられた仕事を順番通りにやっていけとはよく調理場で先輩に怒られていることでもある。
目の前のお兄さんが優しい人で良かった。そうじゃなかったら怒鳴られていたかもしれない。人の優しさに触れるのはずいぶんと久しぶりな気がして、なんだか気分が落ち着かない。
外されていくボタンを他人事のように眺めながら大人しくしていた。白い肌が晒される。
「お兄さんは、はいらないの?」
「お兄さんはゲイなので危険なのは君だよ?」
「僕も男の人が好き」
唇を尖らせるようにして言う。素直な気持ちがポロポロと転がるように零れでる。
「ねぇ、それは誘ってるの?」
誘ってるというのはよく分からない。でも、離れがたかった。
冬の夜は寒くて、いま触れている優しさに心底甘えたい気分だった。
言葉の代わりに澄んだ琥珀の瞳で見つめ返すと、お兄さんはまた溜息を吐く。
困らせているのは分かっているけれど、気は大きくなっていて自制心が働かない。
「わかった、いいよ。いっしょにはいってあげる。君、酔ってるみたいだし、こけたら危ないからね。ほら、全部脱いで」
広い浴室だった。シャワーヘッドもメタル調で格好良くて、暖房が効いてて暖かい。
子どもみたいに手を引かれて、裸足の足がタイルに触れる。
「ほら、付いててあげるから。自分でキレイにしてください」
手のひらにハンドソープを垂らされる。
頭からシャワーをかけられて、感覚のなかった手足に血が通っていく。痛いくらいだ。
「キレイにするってそういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ」
おずおずと後孔を弄っていたら、その腕を掴まれた。
呆れたような物言いに、それでも言葉に苛立ちはみえない。
「君ねぇ。そういえば、お名前は?」
「あゆむ」
「あゆむ君ね。なに、オレに抱かれたいの?」
したことないから分からない。でも、ひとりさみしいときに、自分で慰めるのは好きだった。
ここはどこだろう。この人とどうやって出会ったんだろう。
考えなくちゃいけないことは多いのに、ずっとドキドキしてて思考がまとまらない。
見惚れてしまう美しさ。それを一目惚れというのなら、きっと目が合った瞬間に恋に落ちた。それくらいお兄さんはキレイだった。大人っぽくて、背が高くて、それからいい匂いがする。
見知らぬ場所で、まる裸で、夢のなかにいるみたいにずっと気分が浮ついている。
おそるおそる頷けば、お兄さんは「そう」と低い声で言った。
「いいよ、じゃあ抱いてあげる。でも今日のことはぜんぶ、あゆむ君が悪いよ」
悪い子でもいいと思った。ずっと、いい子にしてきたけれど、今日は仕事納めで、12月は繁忙期でずっと休みもなくて、頑張ってきたから、だからちょっとくらい悪い子でも許されると思った。頭のなかでたくさん言い訳して、お兄さんに手を伸ばす。
「お兄さんの名前は?」
「冬雪だけど、忘れていいよ」
大きな手のひらが頭を包み込んだ。水晶みたいにキレイな瞳。
足りない身長を懸命に背伸びしてキスを受け入れた。くちゅりと絡まる舌と、シャワーの音が響いている。
「すっごい肌キレイだね。いま、いくつ?」
「ハタチになりました、今日」
「そうなんだ、お誕生日おめでとう。それでお酒解禁が嬉しくて飲み過ぎちゃったの?」
「いや、飲まされて」
「ふ~ん、美味しかった?」
「よく、わかんなかったです」
「そっか~」
くしゃりと髪を撫でられて、頬擦りするようにその手に縋る。
冬雪は浴槽に腰掛けて、その膝の上に歩夢を座らせた。
白い肌に主張する桃色の胸の飾りを舌で捏ねる。
痺れるような刺激に逃げるように背を反ると、余計に押し付けるようになってしまった。冬雪は耐えきれず、クスクスと口先で笑う。
「あゆむ君、ほんとエッチ。可愛いよ、すっごく」
会ったばかりだけれど、たどたどしい口調も、とろんと溶けた大きな瞳も愛らしい。
小さな子が好きといった趣味嗜好はないけれど、可愛いものは可愛い。ファーストインプレッションは個人の数だけ正解があって、つまりはお酒の味も人間の好みも、無理なら無理で、好きなら好きだ。
柔らかい肌は吸い付くように手のひらに馴染む。その感触を味わうように全身をまさぐれば、さくらんぼのような唇から艶っぽい声があがる。
「寝室に移動する?」
涙の張った瞳は、表面張力に注がれたカクテルみたいに艶めかしい。とろりと重たくて、確かな度数が舌に残る。
頷かれたのを確認すると、その身体を持ち上げた。
桃色にぽってりと膨らんだ後孔は、嘘みたいにキレイだった。
入り口は狭く締まるのに、ナカは包み込まれるように柔らかい。
広いベッドの上で壊れ物を扱うように優しく抱いた。
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