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パーソナルカラー

「はい、これ渡されてたサンプルね。サイズ合わなかったやつだけ返しに来た」  持参した紙袋を押し付ける。  連れてこられたテーラーは冬雪の知り合いのお店だった。お揃いの黒のスキニーを履いて、歩夢は白、冬雪はグレーのニットを着用している。 「サイズ感は? 着心地は悪くないか?」  趣味は筋トレですといわんばかりの屈強な男が躊躇なく冬雪のニットを捲ってウエストを確認するから、歩夢は静かに目を見開くことになった。 「いやぁ、相変わらず着心地は最高だし伸びもいいよ。履いてることを忘れるくらい」 「変な跡も残ってないし、布地も縮んでないな。洗ってみてどうだ? 肌触りが悪くなったりしてないか?」 「うん、ぜんぜん平気」 「そうか。で、冬雪。この子は?」  男の視線がこちらを向いて、びくりと肩を跳ねさせる。 「僕の恋人。可愛いでしょ」 「へぇ」  雑な冬雪の紹介に、低い声が返ってくる。迫力と圧が凄くて、歩夢は身体を硬直させた。 「いいな。ちょっと借りていいか?」 「え~、ちょっとだよ。僕たちデート中なんだから」 「冬雪さん、あの!」  慌てて冬雪に助けを求める。いつもは「どうする?」って聞いてくれるのに、そんな見知らぬ人にいきなり受け渡されるだなんて聞いてない。  分厚い手が身体をまさぐって、恐怖で何も言えなくなる。 「歩夢、大丈夫だよ」  冬雪のゆっくりした声音と、細められた瞳が絶対に状況を楽しんでいて、助けてくれる気がないことはじゅうぶんに理解できた。 「ついてこい」  太い腕に掴まれて、攫われていく生娘みたいに不安な表情を浮かべている。冬雪はひらひらと手を振っていて、どうなってしまうんだろうと身を案じた。  連れられて行った先には膨大な量の服が合った。カラー別に並べられていて、立ち尽くしていたら次々と服を当てられる。 「ちょっとこれに着替えてきてくれ。試着室はあそこ」  指差された先にカーテンで囲まれたスペースがあった。 「別にこの場で着替えてくれてもいいがな。そのほうが早いし」 「いえ、お借りします」  手渡された衣服を胸に抱えて移動する。カーテンを引いてしまえば、ひとりきりのスペースになって、ようやく息を落ち着けた。目の前に置かれた全身鏡には不安そうな顔をした自分の姿が映っていた。 「僕の恋人じゃなかったら、あれじゃ誘拐犯だよ?」 「俺の周りにいないからな11号くらいの」 「人の恋人をマネキンのサイズで呼ぶのやめてくれる?」  呆れて口を挟むけれど、めげないゴリラは意気揚々と持論を語る。 「お前とは真逆だろ。ほら、最近流行の女たちが騒いでる化粧ベースの」 「ブルーとかイエローとか、春とか冬のやつ?」 「そう、それだ。お前がブルべ冬なら、あの子はイエベ春だ。真逆なんだよ、お前に似合わない色があの子には似合う」 「こんなナイスガイを捕まえて似合わないだなんて。着こなしちゃうよ~僕は」 「別にお前の顔面には興味がない。意思疎通できるトルソーくらいにしか俺は思わない」 「ふふっ、言うね~」 「クリームイエローのスーツでもあの子は似合うよ。お前が着ると顔色が悪く見える」 「そういうもんなの?」 「そういうもんだ。にしても、どうしたんだ? あんな毛色の違う」 「あ~、大希もそう思う?」 「お前、同じ趣味した年上の男とドライな恋愛しかしてなかったろ」 「パーソナルスペースに他人いれるの、基本は苦手だしね~」 「あの子は違うのか?」 「変わるもんだよね~。毎晩いっしょに寝てるもん」 「聞いてねぇよ」  世間話を楽しんでいたら、試着室のカーテンが開いた。 「あの派手じゃないですか?」  首元と袖が特徴的なスウェット素材のトレーナーは、明るいコーラルピンクをしていた。歩夢の栗色の髪にもよく似合っていて、同時に視線を奪われる。 「いや、よく似合ってるよ」 「いいな。華奢な感じが強調されて洋服がキレイに見える。着心地はどうだ? 悪くないか」 「はい」 「ちょっとベレー帽被ってみて。そう、黒の。もっと後ろに倒して」 「は、はい」 「ああ、いいね」  毛穴ひとつないつるりとしたおでこが曝されて、余計に瞳が大きく見える。琥珀色なんだけど、角度によっては翠眼にも見える。澄んだ瞳は水分量も多くて、潤んでいる。 「可愛い~」 「え、あの」 「今日はこのままデートする? クレープとか食べる?」  冬雪に頬を挟まれて、柔らかい頬がかたちを変える。 「冬雪さんはこの格好好きですか?」 「うん、好き」  間も明けずに即答すれば、歩夢は頬を赤らめて視線を大希に向けた。 「お借りしてもいいですか?」 「いや、お前にやるよ。その帽子も、セットで。その代わり」 「わかってる。SNSで宣伝しろ、でしょ」  言葉を待たずに振り返れば、大希は押し黙った。 「あとで写真撮らせて?」  おずおずと頷けば、頬でリップ音が弾けた。  冬雪の投稿した画像に、「ほとんど顔しか映ってねぇじゃねぇか」ってクレームが入ったのは、また別の話。  大希から2着のスーツが送られてきたのは、ほんの1週間後のことだった。  歩夢にはチェック柄のブラウンのスーツにダークグリーンのネクタイ。なかはサスペンダー。  冬雪にはダークグレーのスーツにドット柄のブラックネクタイ。スリーピースでベストがついている。  パーソナルカラーがそれぞれ違うから、無理に色やデザインを合わせたりはしなかった。  それからホワイトデーのイメージカラー。ホワイトデーにはキャンディーをという商法もあるみたいだけれど、やっぱりチョコレートのイメージがある。歩夢はミルクチョコレート。  それから、冬雪はバレンタインのピンクのイメージとは対照的なブルーのイメージ。だから、ネイビーのスーツにした。  デザインやカラーが違っても特徴的なコンケーブショルダーや胸ポケットのデザインが同じことに気が付いた人は、お揃いであることがわかるかもしれない。 「ねぇ、ホテルもとっちゃおうか」  ホテルという言葉に過剰に反応してしまい、口を噤めば、目敏い冬雪にはモロバレだったみたいで腰を抱かれた。 「たまには外もいいでしょ?」  意思を持った手のひらが小ぶりの尻を撫で擦る。歩夢は冬雪にしがみついて、いい様にされている。  歩夢は冬雪を拒まない。いつでも、どんなときでも。

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