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マッチングアプリ
「歩夢はマッチングアプリって使ったことある?」
ベッドの上で正座して洗濯物を畳んでいた歩夢は、冬雪の言葉に顔をあげた。
「僕、お付き合いするの冬雪さんが初めてですよ?」
「うん、まぁそれは知ってるんだけど。でも、あるでしょ? 学生時代とか」
「学生時代は、うん、まぁ、告白してくれる子もいたんですけど。僕、母さん以上に大事にできると思わなくて」
仲のよかった友達には、身持ち固いなってからかわれた。
「付き合っちゃえばいいのに」
「悪いよ。僕、あの子のこと好きじゃないもん」
「いいじゃん。結婚するわけじゃないんだし、深く考えることなくね? 放課後、デートしたりさ」
「僕、放課後は早く家に帰りたいから」
「そうか。お前、片親だもんな」
そんな悪いこと言ったみたいなリアクションしないでほしい。だって、別に家事をすることは嫌いじゃない。歩夢にできることをしているだけなのに。
「うん、それで?」
「それでも、精通するじゃないですか」
話は予想外の方向に展開した。歩夢は変わらぬ表情で話しているから、たぶん本人にとってはふざけた話ではないのだろう。
等しく第二成長期はやってきた。
親には聞けないし、友達に聞くのも恥ずかしい。
「だから、ネット検索したんですけど」
「現代っ子だねー」
「僕が知りたいのは男の身体のことなのに、そういうのって女の人ばっかり出てくるじゃないですか。僕、よく分からなくて。それで男の人がでてくるものを検索したんですけど」
「それで、男の人がよくなっちゃったの?」
「というより、気持ちいいのが好きになったんです」
自分で解決することがクセになっている。誰にも頼ることなく、分からないことはネットで調べて身をもって実証してみる。そうやって歩夢は大人になった。
「ああ、休みの日にディルドでオナニーするのが好きなんだもんね」
「えっ、なんで!」
「あ、そうだ。これ、あゆむ君と僕の秘密だった」
「ねぇ、冬雪さん。僕、初めて会った夜になにしたんですか?」
ずっとはぐらかされ続けている。記憶から消えた夜のこと。
「それは言いたくないなぁ。代わりに、僕のも話そうか?」
「ぜったいに聞きたくない」
「なんで?」
「比較されたら僕、勝てないもん」
「歩夢がいちばんだよ」
「ぜったい嘘」
唇を尖らせて拗ねてみせるから、その身体に抱き着いた。お日様みたいな優しい匂いがする。
「本当だよ。歩夢に嘘はつけないもん」
こんなに真っ直ぐ生きている子に、平気で嘘をつけるほど歪んでない。
「出会いの形はなんだっていいんじゃないですか?」
「うん?」
「どこで出会うかよりも、誰と出会うかが大事だと僕は思います」
「そうだね」
お2人はどこで出会ったんですかなんて質問されたら、あまりロマンティックな回答はできない。出会った後のことはいくらでもロマンティックに語れるけれど。
「ねぇ、歩夢はどんなパーティーにしたいの?」
「僕、よく分からなかったから調べてみたんですけど」
「うん」
「映画みたいな服、着てるなって思って」
「映画? なんの?」
「王女様が脱走してローマで1日限りの恋をするやつ」
「ああ、有名だね」
「それみたいにしたくって。ジェラートを食べるシーンがあると思うんですけど、お行儀よくお食事しなくちゃいけない王女様が食べ歩きするシーンがあるじゃないですか」
「あるね」
「悪いことしてるみたいでいいなって思ってて。だから、スプーンとかフォークを使わないメニューにしたいんですよね」
「うん、面白いね」
「甘くないタルトっていわれるセイボリータルトとか、デザートならマカロンとか」
結婚式場も、パーティードレスも特別なものだから。おめかししてお出掛けする気持ちは、ちょっとだけわかる。冬雪といっしょに出掛けたコンサートの日みたいな。
「ソースとか垂れちゃうとせっかくのドレスが汚れちゃうかもしれないし。立食パーティーでしょ? 手には冬雪さんのお酒を持つんだから放したくないし」
ハンドフリーで食べられて、それからすこしだけお行儀が悪いような。忘れられない日にしてあげたい。1日限りのラブストーリーを楽しんだ王女様のように。
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