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最終章「ガーデンパーティー」 ガーデンパーティー(完)

「冬雪さんが会場にいたら、みんな冬雪さんに夢中になっちゃいますよ」  初めて車に乗せたときはシートベルトもうまく締めれなかったのに、今では助手席でリラックスしている。保護した子犬がようやく心を開いてくれたときみたいで、嬉しい。 「こんなに分かりやすく匂わせしてるのに?」 「それでも好きになっちゃいますよ。理屈じゃないですから」 「どうしてそう思うの?」 「すごく魅力的な人だから好きにならないほうがおかしい」  こういうヤキモチを素直にだせるようになったのは、いい変化だ。  ハンドルを操作しながら、考える。  今日みたいなパーティーになると自立した大人の女性も多い。仕事もしっかりして、ある程度の収入もあるような。いっそ歩夢のほうが人気なんじゃないだろうか。恋愛経験も乏しく、何でも教えてあげたくなるし、家事スキルも高い。養ってあげるというタイプの女性も少なくないように思う。 「僕は歩夢のほうが心配だよ」 「どうして?」 「今日のスーツも、とってもよく似合っているから」  大希から雑誌掲載のお礼で送られてきた。雑誌を見た読者から問い合わせが殺到しているらしい。 「僕、こんなによくしてもらっていいんでしょうか」 「いいんだよ。歩夢がいい子だから、みんな優しくしたいんだよ」  天性の才能とすら思う。彼の人望は、神様からのギフトだ。 「春馬、今日はありがとう」 「晴れてよかったね。僕もこんな青空の下でピアノが弾けるのは気持ちがいいよ。歩夢くんのタルトもあるしね」   生演奏に、春馬を呼んだ。こうして気心知れた仲間たちといっしょに仕事ができるのはフリーランスの特権でもある。  着飾った女性陣のドレスはどれも華やかで、さまざまな花で飾った装飾とも相まってすごく色鮮やかだ。飲み物も、ミモザやキールロワイヤルといったスパークリングワインのカクテルや、イチゴやサクラのコンフィチュールがはいった創作カクテルを用意した。歩夢の料理も好評で、テーブルに人が集まっている。  うららかな春の陽射しのなかで、ガーデンパーティーは開催された。 「霜芭(しもは)さんは恋人とかいらっしゃるんですか~」 「恋人いますよー」 「付き合ってどのくらいですか」 「ほら、僕のことはいいじゃないですか」  パーティーが始まって1時間半。冬雪は参加者に囲まれていた。 「恋人ってことはまだ結婚されてないんですか?」 「付き合い始めたばかりなので」 「え~。じゃあ、まだチャンスあるかなぁ」  お酒も入ってご機嫌で、気が大きくなっているのは分かる。  でも、こうもあからさまに言い寄られるのはあまり気分のいいものではない。  今回の仕事はメニュー開発が主で、準備も進行も会場スタッフが働いてくれている。つまりは、冬雪も歩夢もパーティー会場では特にすることはなく、こうして格好の標的となってしまった。目立たないように建物の近くに逃げていたのに、取り残された男性陣が会場の真ん中でぽつりと残されているのも気にかかる。  まぁ、いちばんの気掛かりは冬雪と同じく囲まれている年下の恋人である。 「え~、じゃあ今日のお料理は歩夢くんが考えたの?」 「はい。その、いかがでしたか?」 「すっごく、美味しかったよ。こういうところでたくさん食べるといやしい子って思われそうで遠慮してたんだけど、ついついたくさん食べちゃった」 「誰も数なんて数えてないですよ」 「そうなんだけど」 「それに、僕はたくさん召し上がってくださって嬉しいです」  小さく見えるけれど、こうして女性といっしょに立つと歩夢も目線ひとつぶん、背が高い。可愛い笑顔を振りまいて、感じもすごくいい。  冬雪と違って対人に対する苦手意識もないから、誠実な対応が自然とできる。 「あの、もしかしてすこし肌寒いですか? よければ、温かいスープもあるんです。召し上がりませんか?」 「はい、実はちょっと冷えてきちゃって」 「案内しますよ」  遠ざかっていく歩夢の背中を視線で追いながら、冬雪は心底驚いていた。  もしかしたら、だ。慣れない場所に、すこし季節を先取りした服装。庭の中心は風が通り抜けて、建物の近くに風を避けに来ていたのかもしれない。自分たちはスーツを着用しているから、ぜんぜん気が付かなかった。不信感があるから、最初から下心だと決めつけていた。 「ねぇ、テラスヒーターつけてあげたらどうかな?」  通りすがりのスタッフにこっそりと声を掛ける。 「今、寒いですか?」 「僕は寒くないけど、参加者はスパークリングワインが冷たいから、身体が冷えちゃうかも」 「あ、それもそうですね。わかりました、点けてきます」  すごいな、歩夢は。自分のことより常に人のことを考えているから、些細な変化にもすぐ気が付く。人から慕われて、誰からも愛される。人と距離をとってきた自分とは大違いだ。 「歩夢、よく気付いたね」  ヒーターが点くと、また庭の中心に人が集まるようになった。緊張も解れてきたからか、会話も弾んでいる。喋ると喉が渇いて、お酒も進む。会場が温まって、会話に花が咲く。  冬雪も歩夢もようやく解放されて、今度こそ目立たないように会場の隅で肩を寄せ合った。 「前の店長が教えてくれたんですよ。居心地のいい空間には光と音と温度が大切だって。だからずっと気にかけてました」 「ねぇ、歩夢。提案があるんだけどさ」 「はい」 「しばらくいっしょに仕事してみない? これまで断ってきた仕事も歩夢といっしょならできる気がするんだよね」 「僕でいいんですか?」 「歩夢だからお願いしてるんだよ。それにさ」  料理もお酒も、それぞれ完成されたものだけど。  組み合わせることで、お互いの魅力がより一層引き出される。 「僕たち、いっしょにいるべきだと思うんだ」  雪が解ける。  (完)

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