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第2話
「う……うぇ……ゲホ、ゲホゲホ」
薄い肌着を身にまとった睿は、井戸の縁に寄りかかり。
体の中から湧き上がる吐き気に抗えずに疼くまる。
吐けども、睿の胃の中には中も入っておらず、胃液が僅かばかりに出るだけだった。
苦しい……水が……水が、欲しい……!!
睿は井戸に手をかけると、重たくいうことを聞かない体を持ち上げ、滑車の先にある桶に手をかけた。
明るい大きな満月は、井戸の水面を鏡のように光らせて。
井戸を覗く睿を、容赦なく映し出す。
……このまま、身を投げれば!! このまま……。
睿はグッと井戸の縁に手をかけて、目をギュッと瞑った。
「ッ?!」
目を覚ました睿は、直前までの記憶に慄いて飛び起きた。
体の至る所が、軋んで痛い。
寝台の上に無造作に散らばった肌着を、咄嗟に手にした睿は。
傍らで眠る俊杰から逃げるべく、転がるように寝台から降りた。
「っあ……!」
足の間から、温かな液体が溢れだし。
睿はたまらず、己の体を抱きしめるように蹲る。
ここから……早く逃げなくては!!
尋常じゃない体の痛さと、足の間を伝う俊杰の痕跡に。
睿は体を引き摺るように、部屋の扉を開けた。
「はぁ……はぁ……っあぁ」
睿の荒い呼吸が。
しんーーとした、広い屋敷の庭に響き渡る。
広すぎる趙家の屋敷。
今のこの状態では、この屋敷から外に出ることも叶わない。
その時、庭の隅にある井戸が睿の目の端に止まった。
……水が欲しい! この熱が燻る体を、苦しさから解放したい!
その一心で、睿は井戸に這いつくばるようにして近づいたのだ。
「君、そんなところで何してるの?」
背後から不意にかけられた声に、睿は心臓が飛び出すほど驚いた。
「……っ」
「井戸に身を投げると、村の人も迷惑すると思うよ? 地下の水脈は繋がってるし」
妙に明るい声に、睿は恐る恐る振り返る。
そこには白い道士の衣裳に袖を通した若い男が佇んでいた。
腰まである艶やかな髪は、月の明かりを反射するほど美しく、滑らかで。
はっきりとした顔立ちも相まってか、睿の目にはその男が幻のであるかのように思えた。
しかし、ここは趙家の屋敷の中。
この神秘的な男だって、俊杰の下人かもしれない。
睿は井戸の縁に手をかけたまま、その男の方に向き直った。
「……見逃して、ください」
「え?」
「お願いです……。このまま……このまま」
「いや、あのさ」
「……お願……おね……が」
声を絞り出して懇願する睿の体が、大きく傾いた。
「おい!! お前ッ!! しっかりしろ」
男は、地面に向かって倒れる睿の体を咄嗟に支える。
意識を失っているのか、男の腕の中で睿は固く目を閉ざしていた。
「……っ?! 体が、火鉢のように熱いじゃないか!!」
抱き上げた睿の体は、火を宿した火鉢のように熱く。
それに狼狽した男は、睿の体を抱き上げると軽く地面を蹴って跳躍した。
ふわっーーと。
まるで宙を飛ぶような足捌きで、軽々と趙家の
屋根の上に飛び移る。
「アイツの邪気がしたんだけどなぁ……。逃したか。まぁ病人がいたんじゃ、追いかけるのも無理だな」
そう独り言を呟いた男は、趙家の屋根瓦を軽く蹴ると。
風のように飛んでいき、深い闇の中に消えていった。
いい香りがする……。
花? いや……違う。
すごく落ち着く。
そうだ……香木の香りだ。
「……」
匂いに誘われるように、睿はゆっくりと目を開けた。
ここは……? どこだ?
洗いざらしの綿布の下には柔らかな藁の感触がし。
傷だらけの睿の体を優しく包む寝台は。
俊杰に犯されたあの寝台とは、雲泥の差ほどの心地よさがあり。
見上げる天井は、趙家の絢爛豪華なそれとは真逆のとても質素な造りの天井で。
趙家でない、と思った睿は、心の底から安堵した。
どこだかわからないけど。
しばらく、このままでいたいな……。
と、睿は体をギュッと縮こませて寝返りを打つ。
「よぉ、起きたか?」
「?!」
耳から辿り記憶に残る声がして、睿はハッとして飛び起きる。
「あぁあぁ、まだ寝てなよ。熱もまだ引いてないんだから」
「……」
「それに体も痛いだろ? 趙家の馬鹿息子もヤりやがるよなぁ」
「……あなたは?」
睿は目の前で、明るく喋りまくる男に聞いた。
いきなりの質問に、男は目をまん丸にして驚いた顔をしていたが。
すぐ破顔一笑し、しゃがみ込んで寝ている睿に視線を合わせる。
「白牙天」
「……白牙……天?」
「変わった名前だろ? 一応、道士だ」
「道士……? 趙家の人じゃないの?」
「はぁ? なんで俺があのボンクラの家来になんなくちゃいけないんだよ!」
「いや……だって……」
初めて見た、道士なんて。
仙人とか道士とか。
御伽話か神話でしか聞いたことのなかった睿は、〝自称・道士〟と名乗る男・白牙天をまじまじと見つめた。
だって、さっき趙家にいたじゃないか?
あの状況じゃ趙家の下人だって、普通思うだろ?
この瞬間、白牙天と名乗る男が、趙家とは全く関係のないということが判明して。
睿は、ホッとため息をついた。
「お前は?」
「え?」
「名前。なんていうの?」
「……睿」
「睿か!! 綺麗な名前だな、ピッタリだ!」
「あの……!」
「なんだ?」
「趙家から、連れ出してくれて……。ありがとうございます」
「いや、礼なんか……。よかったよ。とりあえず、元気そうになって」
白牙天は、穏やかな笑顔を浮かべたままそう言うと、睿の白く滑らかな頬に触れた。
嫌……ではない。
白牙天に触れられるのは、嫌ではなかった。
俊杰に同じように触れられた時は、悍ましくて仕方がなかったのに。
不思議な感覚を覚えながら。
睿は己の頬をなぞる白牙天の手の温かみに、身を任せていた。
ドクンーー!!
その瞬間、睿の体の奥深くが強く鼓動する。
「う……わぁ……」
「……睿、その体!!」
白牙天の叫び声に、睿はハッとして己の体を見た。
……赤い!! 赤い花の模様が!!
まるで刺青を施したかのように。
睿の胸や腹、太腿に至るまで。
赤い花が渦を描くように睿の体に浮かび上がり、その輪郭を明確にしていく。
同時に、己の体の中心から貫くような動悸は、睿の体を火照らせ、淫らに開いていく。
俊杰に無理矢理飲まされた煎薬、あの時より強く酷く。
前は反り立ち、後ろは蕩けるように蜜を湛え。
あっという間に変化した体に、耐えきれなくなった睿は身悶えるように寝台に転がった。
「……あぁ……あつ……い」
「赤い杜鹃花……お前! 天花果か?!」
「天……花果?」
「……ハッ! どおりでアイツの邪気がしたはずだ」
悶える赤く染め上げられた睿を抱きしめ、白牙天はその熟れた体の秘部に指を入れた。
睿の中の蜜がドッと溢れ、指を差し入れただけで。
睿の赤い体を、白い液体が濡らしていく。
「あぁっ!!」
「アイツ……何か飲ませやがったな……」
「……っぁあ! 助け……助けて……」
「苦しいよな、睿。今、楽にしてやる」
睿の足を大きく開き、白牙天はその腰を掴むと。
蜜の溢れる睿の中に、己が物を貫くように一気に奥まで差し入れた。
「あぁっ!!」
頭が……真っ白になる。
嫌なはずなのに、何故か白牙天を欲してやまない。
体の熱で朦朧としながらも。
睿は白牙天にしがみつき、その唇に己の唇を重ねた。
そして、無意識に言葉が口をついでる。
「……何が望みだ、白牙天。不老不死か? 名声か? それとも……」
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