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第5話

❇︎❇︎❇︎ 「あれ? ……无花果……睿がいない」 意識を深く沈ませるほどに、眠りについていた白牙天は。 目を覚まして、自分の横に寝ていたはずの睿の姿を探した。 ……本当に、いたんだな。 白牙天の手に残る睿の感触。 その指先から、赤い肢体と煽情的な表情を思い出して。 白牙天は腹の下が疼くのを感じた。 伝説……だと、思っていた。 无花果ーー伝説の果実。 その身を食すれば、不老不死にもなり、神をも凌駕する力を宿すことができる。 従って一介の道士であっても、徳を得た仙人であっても。 そう、一国の王に至るまで。 どうあっても手に入れたい、口にしたい幻の果実だ。 果実といっても、普通の果実ではない。 〝无花果〟と言われる人の子が、そうなのだ。 无花果の特徴は、なんといっても全身を彩る赤い花な刺青。 当然、人の手によって施されるものではなく。 己の体に自然と浮かび上がる、神秘的な刺青で。 その花は、无花果を有する者によって異なる。 ある无花果の背中には、大きな石蒜が現れ。 別な无花果の胸には、鮮やかな紅梅が美しく咲き。 〝无花果を手中にすれば、天下を治めたも当然〟 でもそれもただの伝説。 无花果など、どこにも存在しない。 无花果など、御伽話に過ぎぬのだ。 ーーそう、お師様はおっしゃっていたな。 その肢体には抗えぬ、その声や言葉に屈するとも。 だから、白牙天はほんのりと体に現れた睿の杜鹃花の花の刺青を抱かずにはいられなかったし。 「……何が望みだ、白牙天。不老不死か? 名声か? それとも……」と言った睿の言葉に、自分の欲求を押し殺すことができなかったのだ。 「何も望まぬ。……お前が欲しい。お前だけが欲しいのだ、睿」 と、そう白牙天は返事をした。 すると、赤く染まる唇をキュッと引き上げて、睿は満足そうに囁いたのだ。 「一番の贅沢な望みだな、白牙天」 未だ冷めやらぬ熱気と興奮を振り払うように、白牙天はそっと寝台から降りる。 俺の服が消えてる……まさか!! 嫌な予感に苛まれて、白牙天は酷く動揺した。 あの時、睿は何と言っていたか?! 死にたい、見逃してくれと……そう言っていたどはなかったのか?! あの場所で、明らかに死ぬという選択をした睿。 一人死ぬ覚悟をしたということは、その柵を断ち切るためではなかったのか? ならば、家族がいたはず……!! 白牙天は戸棚の中の服を引っ張り出すと、外に向かって指笛を吹いた。 青い雲ひとつない空と、西傾いた太陽の融和した境目から。 白い大鷲が羽を広げて、近づくと。 白牙天の肩にふわりと舞い降りた。 「天眼、睿を探せ」 キィーァー、と。 天眼と呼ばれた白い大鷲は、一声鳴くと。 再び幻想的な空へと舞い上がる。 大凡の検討はついていたものの、白牙天はある懸念をしていた。 趙家で感じた、あの男の気配。 奴が仮に、睿の正体を知っていたとして。 迂闊に趙家に踏み込むことは、計らずとも危険であると判断したのだ。 奴のことだ。 俺が无花果の睿と肌を重ねたことなど、すぐに察するはず。 睿に残した痕跡、そして睿と交わした望みをなかったことにしようと、躍起になっている筈だ。 白牙天は、唇を噛み締めた。 また……睿は苦しんでいるかもしれない。 辛い目に合っているかもしれない。 いてもたってもいられぬ心を沈め。 白牙天は、眼下に広がりる小さな村に向かって呟いた。 「诗涵(シーハン)……今度こそ、お前を葬り去る!!」 ❇︎❇︎❇︎ 「本当に无花果なのか?」 ぐったりと、床に倒れたまま動かなくなった睿を前に。 俊杰は、目の前の男に鋭い視線のまま、問いを投げた。 目の前の男は、形の良い薄い唇を片方上げ。 小馬鹿にしたような面持ちで、俊杰を一瞥する。 「私の言うことが、信じられぬと?」 「……今まで、色々と世話になっているが。今回ばかりはどうも……。早く証拠が欲しい。そう言っているのだ、诗涵」 「まぁ、そう慌てるな。〝果報は寝て待て〟先人もそう言っている」 「しかし!!」 「善良な村人一人、堂々と白昼に殺しているからな。早く手を打ちたいのはわかる」 「ならば!」 诗涵は、うっすらと笑う。 そして、扉の向こうを見つめて言った。 「今回の果報は、凄く得難いくらい大きな物となるはずだ。機を逸すれば全て水の泡。黙っていれば、いずれ何もかも、手中に飛び込んでくるさ。俊杰」

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