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第6話

〝もし、私が无花果だったのなら。 少なくとも人肌を感じられるあたたかさや、一瞬だけ注がれる愛情は手にしていたに違いない〟 床に倒れて動かない睿の頬を、スッと撫で。 着ていた白い衣を、睿の華奢で痣だらけの体にそっとかける。 「フッ……羨ましいか」 俊杰もいない、気を失った睿と二人っきりの部屋の中で。 思わず口からついでた本音。 诗涵は睿のことを謀らずとも、羨ましいと感じた自分自身に苦笑した。 村の中央に位置する趙家。 この辺一体の田畑や山を所持し、遠い朝廷から村を統括する役目までをも賜る。 所謂、地方の権力者だ。 然し、たかだか地方の権力者が、何故、時の朝廷の覚えがあるかというと。 昔からこの一族には、何十年かに一度、不思議な力を有して産まれる赤子がいて。 この子どもが、趙家を長い間その血を絶やすことなく、繁栄させていたといっても過言ではない。 ある子どもは、先見の明を有し。 ある子どもは、手に触れることなく物を動かす。 そういった力を備えた子どもは、一旦嫡子から外される。 神の子、として扱われるのだ。 お金も土地も贅沢も与えられ、何不自由のない暮らしを補償される代わりに。 趙家の繁栄のために、その身を一生捧げるという慣わしを行っていた。 俊杰と共に睿とまぐわった、诗涵というこの男も。 実は趙家の正妻から産まれた嫡子なのだが、持って産まれた〝力〟により。 早々に趙家の跡目から外され、その身を一族の未来永劫に捧げる役目を担っている。 趙家の子息としてその跡目を継ぐ、俊杰の実兄ということになるのだ。 ただしこの男、歴代の神の子より一癖も二癖もある。 その力は歴代最強にして最大、神通力や先見の明までをも有し。 時には趙家の政にまで口を出し、気に入らない家来には容赦なく牙を剥く。 诗涵に手を焼き、その行動を見かねた父親が、诗涵を道士に預けたりもしたのだが。 持っている力を、強力に使いこなすようになってしまっただけで、その性根は変わらず。 勝手に山から降りてきてしまった。 趙家の繁栄をひっそりと守るはずの诗涵の存在は。 俊杰にとって、いつ己が首を掻っ切られるか不安でしかない存在なのだ。 反面。 自分の一挙手一投足で、趙家に見放され、いつ首が体から離れるとも分からぬ状況で。 力を過信して無双するほど、诗涵だって、無能ではない。 睿が无花果であることを見抜いたのは、持って生まれた千里眼のおかげで偶然に見つけ出したとして。 最善の方法で、どう身を立てるかは常に考えていたことだ。 诗涵にとって无花果である睿の存在は、まさに千載一遇の好機と言える。 诗涵は无花果である睿を利用したのだ。 俊杰に无花果を与え、懐に入る。 あとは……趙家も无花果も。 私の手中でなるようになる、と。 「へぇ……あんたが羨ましいなんて。思うこともあるのか」 快活としたよくとおる声が、部屋に響き。 诗涵は目を伏せたまま、口角を片方上げて笑った。 「白牙天。呼んだ覚えはないぞ」 「そんな固い事言うなよ。かつては、同じ釜の飯を食った仲じゃないか」 庭に面する窓枠に腰を下ろした白牙天は、再会を祝福するかのように楽しげに笑う。 「どこまでも……本心が分からぬな、白牙天」 「それはお互い様だろ? 诗涵」 バチッーー!! 二人の何気ない会話の直後、稲妻のような光が部屋の中を駆け巡り。 部屋の隅と隅にいたはずの二人が、一瞬で部屋の中央で大太刀を交わえている。 その威力といえば。 部屋がギシギシ音を立て、もう一太刀振り回せば完全に部屋など吹き飛んでしまうほど。 それほどのーー一触即発!! それにも関わらず、二人の表情は軽く微笑みを称えて。 この状況を楽しんでいる風にも見えた。 鍔が競り合う、その剣から。 小さな稲光が、バチバチと音を立てる。 「睿を返してもらうぞ、诗涵!!」 「横取りをするな、白牙天!!」

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