7 / 9

第7話

柔と剛の力が拮抗する。 しなやかな動きで诗涵の剣をいなし、流れるように攻撃を繰り出す白牙天と。 直線的で一太刀に相当な威力を含ませて、一撃必殺を具現化した剣を振る诗涵と。 ぶつかり合う力が、強力な風となって放射状に飛び火し。 部屋の壁や柱が、ミシミシと不気味な音を立てて揺れる。 「こんなに派手な太刀まわりをしてると。趙家の憲兵に取り囲まれるぞ、白牙天」 「心配無用だ、诗涵! 結界を張ってあるからな!」 「抜け目なし、か」 「自分の心配をした方がいいぞ、诗涵」 鍔迫り合いをしながら、まるで雑談をしているかのような緊迫感のない会話に。 本当に、生死の瀬戸際を意識した争いをしているのか。 唯一、それを察することができるのは。 顔色一つ変えない二人の額に、大粒の汗が滲んでいる、それだけで。 互いの自負心と睿の命をかけた、二人の切羽詰まった状況が、垣間見えるようだった。 バチッーー!! 派手な金属音の代わりに、稲妻同士が触れたような音がし。 飛び出した光が放射状に、部屋に飛び散る。 「くっ!」 白牙天は動揺した。 ヤバいッ!! 睿にあたる!! 光の放たれた先に、気を失い倒れた睿がいたからだ。 瞬時に身を翻して。 诗涵の攻撃をかわしつつ、睿を抱き上げた白牙天は。 既のところで剣を盾にして光の刃を跳ね返すと、大きく後方に跳んだ。 诗涵の一太刀を浴びたのか。 白牙天の白い袖がハラリと肩口付近から裂け、冷たい床に落ちる。 「白牙天ッ!!」 「……油断したか? 诗涵」 「无花果を返せ!!」 「元々あんたのものではないだろ?」 「貴様ッ!!」 「おっと、早まるなよ。诗涵」 白牙天は剣を逆手に握りなおし、自らの体の前で構えた。 「あんたの力は剛だ。一太刀全力で振れば、俺はもちろん睿も吹っ飛ぶぞ?」 「ッ!!」 「剣をおさめろ、诗涵」 窓枠に器用に足をかけた白牙天は、静かに诗涵に言い放った。 「うるさいッ!!」 怒りを露わにした诗涵が、肩にかかる黒髪を逆立てて叫ぶ。 下から風が巻き起こり、白牙天の真下の床が真っ赤な光を帯だした。 「……易の八卦の魔法陣ッ!! クソッ」 取り込まれたら、诗涵の思うがままだ!! 白牙天は剣を額に擦りつけるように構えると、一気に床へと振り下ろす。 バチバチッーー!! ゴゴゴゴォォ!! 雷光と雷鳴が部屋中を縦横無尽に走り回り、途端に地面が揺れた。 太陽が落ちたみたいに、魔法陣から光が飛び出すと同時に。 バシッと空気が割れる音がして、一瞬で部屋の壁や柱が粉々に吹き飛んだ。 诗涵の視界は、自らの魔法陣が発した光に完全に塞がれ。 袖で顔を隠すことを余儀なくされた。 天井に施された彫刻や絵画は、跡形もなく無惨にもなくなり、壁も柱もなくなり。 趙家の広大な庭と青い空を、半球状に見渡せる。 清々しいまでに、澄んだ青空。 诗涵は奥歯を噛み締めて、天を仰いだ。 「……逃したか、白牙天」 かつて部屋だった場所の片隅で佇む诗涵の周りに、続々と趙家の憲兵が集まりだす。 「诗涵!! これは一体どういうことだ!!」 憲兵に紛れて、顔を真っ青にした俊杰が、诗涵に食ってかかるように耳元で叫ぶ。 「……鼠がでた」 「はぁ?!」 「狡賢い、鼠だ。无花果が攫われた」 「何?!」 「心配ない。奴も無事ではない。居場所くらい簡単に掴めるさ」 「……」 诗涵はそう言うと、床に散らばった白い布を拾って、口角を上げてニヤリと笑った。 「ここ……は?」 睿は痛みに軋む体をゆっくり起こして、辺りを見渡した。 確か、趙家にいたはず……。 それで、俊杰にまた体を奪われて……。 でも、ここは? 睿が目にしたのは、深い竹林の山の中。 俊杰との行為を思い出すだけでも、嘔吐く己の体を硬くして。 お情け程度に身に纏った服をグッと引き寄せ、睿は必死に目を凝らした。 「……白……牙天?!」 ほんの眼と鼻の先。 睿の横に、白牙天によく似た男が倒れている。 睿がすぐに白牙天と分からなかったのは、白牙天の姿があまりにも記憶とかけ離れていて。 ゴクッと、睿は生唾を飲み込んだ。 白い道着は体中のあちこちが裂け、その切り口から血が滲む。 艶やかだった長い黒髪は、バラバラに地面に散らばり。 煌めく瞳は硬く閉ざされ、顔は血が通ってないと思わせるくらい真っ白になっていた。 ……白牙天が、僕を助けてくれたのか? そう思うと、睿はいてもたってもいられず。 体を這わせて白牙天に近づいた。 「白牙天……目を……目を開けて」 無意識に流れる涙を拭くこともせず。 睿はぐったりと動かない、白牙天を抱きしめて頬をよせる。 瞬間、睿の体が火鉢を孕んだかのように熱く燃えが上がった。 「!!」 ……熱っ! 身を捩ると、はだけた胸元が朱色に染まるのが見えて。 睿は、ハッとした。 意識が一瞬で混濁し、視界がグラッと歪む。 本能に抗えない、そんな勢いで。 睿は火照った赤い体を白牙天に寄せ、真っ赤な唇を白牙天のそれに重ねる。 深く、舌を絡ませて。 睿は満足そうに笑うと。 細く華奢な指は、白牙天の体をゆっくりとなぞり。 そして、静かに呟いた。 「こんな所で死なれては、困るんだがな。白牙天」

ともだちにシェアしよう!