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第26話
どうも裏柳の機嫌が直らない。
一緒のベッドで寝て、朝はちゃんと小水を飲ませてくれたし、おはようのキスもした。
いつもと同じ朝である。
だが余所余所しいのは変わらない。
「裏柳、仕事が一段落した。一緒に庭でお茶にしないか?」
昼下がり、漆黒は裏柳を誘いに部屋まで来た。
裏柳は読んでいた本を置いて漆黒に視線を移す。
「良いですね。お伴致しましょう」
そう言って立ってくれる。
「うーん……」
まだこれかぁ。
漆黒は頭を抱えた。
寝る前に話す事でも無いと思ったが、わだかまりは直ぐに取り除きたかった為、昨夜の内にベッドできちんと全部話したのだが、まだ解ってくれてないのだろうか。
まだ余所余所しく敬語で話してくる。
裏柳はこの国の作法や常識を知りたがり、今朝からこの国についての歴史の本等を読み漁っていた。
マナーなんてあってない様なものなので本も大した事は書いたないだろう。
そもそも本に書き留めるという習慣も無い。
いつの時代か暇を持て余した王が暇つぶしに書いた様な本しかなかった。
ただの日記である。
裏柳も不満そうだ。
「この本では何も解りませんね」
「羊なら詳しいから教えてくれると思うぞ」
自分と違って必要な事は直ぐに気づくだろうし。
「王の執事に教えて頂くと言うのも何だか申し訳ありません」
裏柳は少し困った様子で考える。
「別に構わないが……」
そんな事より、その言葉遣いはどうしたら直してくれるのだろうか。
漆黒はそっちの方が気になってしまう。
困ったなぁ……
「王」
「ん?」
敬称では無く名前で読んで欲しいのだが……
「突然雨が降り出しましたよ」
「ああ……」
天候にまで見捨てられた様だ。
突然降られた雨に仕方なく漆黒と裏柳は部屋でお茶会する事にした。
漆黒はワニに裏柳が気に入ってるデザートを作らせたり、バイオリンを弾いたりしてみるが、どうもいつもの様に笑ってくれない。
悲しくなってきた。
「……俺の事、もう嫌になった?」
ついそう聞いてしまう。これで首を立てに振られたら多分立ち直れない。
だが裏柳は、横に首を振ってくれた。
「じゃあどうして急にそんな他人行儀な話し方をすんだ。寂しいだろ」
「……やはり、ちゃんと線引は必要だと思います。貴方は王で私は妃です」
「別に良いだろう。こうしてお面を取って二人で過している時ぐらい今までの様に話して欲しい」
「それではなぁなぁになってしまいます。私はそう言うの嫌なんです」
裏柳の言い分は、頑固で真面目な裏柳らしいと言えば裏柳らしい事である。
怒ってはいないのか。
少しだけホッとした。
「じゃあ何で目を見てくれなくなったんだ」
いつもちゃんと目を見て話してくれていたと言うのに、今は直ぐに反らしてしまう。
「兎に角、私はこの方針で行きます」
頑固に断言してしまう裏柳。こうと決めたら直ぐには曲げないのが彼の美点ではあるけれど、これは欠点でもある。
「俺が寂しいと言っても?」
「慣れて下さい!」
裏柳は腕組みし、曲げない気満々である。
そんな俺の意思は無視で勝手に急に決められてしまうのはどうなのだろう。
「あー、そういう事言うんだ。裏柳が王と妃で線引きするって言うのに俺の命令聞いてくれないんだぁ妃なら俺の言う事聞けよ」
漆黒はハァと溜め息を吐く。
「屁理屈言うのやめて下さい」
「屁理屈言ってるのはどっちなんだよ?」
「うう……」
裏柳は困った様に眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。
漆黒の言う事はもっともであると思った。
「えっと、私は……」
あれ? どうしたら良いんだっけ??
と、裏柳は頭の中がぐるぐるしていた。
「俺の事が好きなんだろ?」
「好きです」
それは間違いなく断言できる。
好きだから裏柳はこう決断したのだ。
「じゃあ良いだろう。いちいち面倒くさく考えるなよ。昨日の事は仕方なかった。お前も悪く無かったし、俺も悪く無かった。勿論、鳥族の長も悪くない。こういう事はこれからも有るだろうが、俺が対処する。だから裏柳は心配しなくて良い。昨日の様に俺がお前を傷付ける様な酷い事を言う時も有るかもしれないが、それには必ず理由が有る。俺は永遠に死ぬまでずっと裏柳を愛している。この気持ちは変わらない。神にだって誓える」
そう、漆黒は強く裏柳の手を握りしめるのだった。
「……魔王みたいな存在のお前が神に誓うと言うのか。なんか面白いな」
ハハっと笑って見せる裏柳。
裏柳と漆黒はやっと目があった。
漆黒は嬉しくなって裏柳を抱きしめる。
裏柳も何だか嬉しかった。
やはり無理していたのだ。
敬語で喋るのも、漆黒に厳しく当たるのも。
でも……
「でも、俺は漆黒をちゃんと支えられる王妃になりたいんだ。漆黒の役に立ちたい」
裏柳は視線を落とす。
今のままでは全部漆黒におんぶに抱っこ。ただ部屋に居るだけで良いと言われるのは嫌だった。
「役に立っていじゃないか」
いつも小水くれるし、側に居てくれるだけで疲れが吹っ飛ぶ。裏柳が笑ってくれたら漆黒はそれだけで良いのだ。
「立ってない。子供だって作れないかも知れない」
裏柳は不安であった。
これでは自分はただの籠の鳥である。確かに籠の鳥は見ると癒やされるが、裏柳は鳥では無いのだ。それだけでは窮屈である。
「それは……」
「だから側室を娶って欲しい!」
裏柳は意を決した。
本当は側室など娶って欲しくなどは無い。たが、自分は産めないかもしれない。ならばその仕事は仕事として他の人に譲り、自分は漆黒を支える仕事が出来たらと思ったのである。
幸い、王の側近は慣れている。
だが漆黒は嫌な顔をしていた。
「側室は考えなければいけないが…… まだその時期では無いだろう。側室やハーレムを作るにしても白の王国からΩを掻っ攫って来るのが通例であるし、裏柳だって同胞が掻っ攫われて俺に強姦されるの嫌だろ?」
「なんで掻っ攫うんだ普通に手順を踏んでくれれば……」
「黒の王国は隠し通さなければいけない幻の王国だぞ。お前だって俺を見るまで半信半疑だった筈だ。お前を連れ去りに行った時だって家臣から不満が出たんだぞ? それを手順等踏みに行ったら暴動がおきる」
大体、説明して解って貰える事では無いと思う。
「……俺が変わりに手順を踏んでやると言うのはどうだ?」
「だから、何でこんな話になっているんだ」
漆黒には嫌な話題であった。
愛しい人本人からススメめられたくはない。
「俺は漆黒の事を考えて……」
「俺の事を考えてくれるならば、この件については口を挟まないでくれ」
裏柳が考えてくれているのは解るが、漆黒は悲しく成るだけである。
「そうか、なんだかんだ言ってお前は俺の事は信用してくれてないと言う事か…… 番にもしてくれないしな」
不貞腐れた様にプイッと漆黒から顔を反らすとクッションを抱きしめる裏柳。
ムスッとしてしまっている。
「そうだな…… そう思われても仕方ない」
漆黒は苦笑すると裏柳の頭を撫でた。
「子供扱いして」
「俺は子供とキスしたいとかセックスしたいとか思わないけどな」
「どうだか」
完全に臍を曲げてしまった裏柳。
ムスッとした様子の裏柳が可愛く見えてしまうのだからどうしようもない。
「何笑ってんだよ! 俺は怒ってるんだぞ!!」
裏柳はポカポカ漆黒を殴る。軽く涙目だ。
不安にさせてしまっているとは思うもの、涙目の裏柳も可愛いなぁ。なんて余計ニヤニヤしてしまう。自分はこんな顔に出るタイプだっただろうか。
「話せる時が来たら話すから、もう少しだけ待ってくれ」
漆黒はそう言うと裏柳を抱きしめるのだった。
もう少しだけ、今、この幸せな時を味あわせて欲しい。
あともう少しだけ……
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