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第36話

 翌朝、目を覚ました裏柳は隣がもぬけの殻である事に愕然となる。  結局、帰って来なかった。  裏柳も漆黒が心配であまり眠れず、まだ頭がボーっとしていた。  まだ実は夢の中で、起きたら漆黒が『心配をかけてすまなかった』と、抱きしめてくれて、『馬鹿!』って俺が殴るんだ。  そうだったら良いのにな……  裏柳はそんな事を考えつつ、一応、グラスに小水を取っておく。  でも、これはどうしたら良いのだろう。  鮮度が落ちるの早そうだが…… 「裏柳様!!」  部屋に飛び込んで来たのは虎である。 「どうしたんです朝っぱらから。漆黒の事で何か解りましたか?」  若干驚きつつ、対応する裏柳。 「白の王国の城内の見取り図を覚えておいでですか?」 「城内の? 敷地内の事ならある程度覚えていますが?」  城の事なら自分に聞けと言われる程には熟知していた。 「教えてください!!」 「え、そんな。教えられませんよ」  土下座する勢いで頼み込んでくる虎。何だか解らないが、他国の者にホイホイと教えられる内容では無い。 「すみません裏柳様。虎、ちょっと貴方落ち着きなさい」  いつの間にか入って来た羊が虎の頭をポンと叩く。 「これが落ち着いてられるかーー!!」  虎は羊に噛みつきそうな勢いである。  怖い怖い。  よく考えたら肉食と草食だ。 「どうして城内の見取り図が欲しいんですか?」  裏柳はさりげ無く、二人の間に入りつつ羊に尋ねる。  冷静な羊の方が話になりそうだ。 「黙っている訳にもいきませんので、お伝えするのですが、王は白の王国にΩ攫いに向かったのです……」 「Ω攫い?」  なんだそれは。 「本来、我が王国の王は白の国のΩを攫い孕ませ、自国に送り返し育てさせます」 「ま、待ってください。どう言う事ですか?」  裏柳には今の話を理解出来ない。  確かに漆黒からそんな話を聞かされてはいたが、漆黒にその気は無い様であったし、その伝統を嫌っていそうだった。なのに何故急にそんな事を……  自分に相談も無しに…… 「申し訳ありません。貴方に真実を話すと混乱されると王に口止めされておりました。ですが詳しい説明は後でさせてください。今、王は白の王国に捕まってしまっている様なのです」 「捕まってしまっているんですか!?」  なんて事だ。  自国のΩを連れ攫われそうになったのなら、それは投獄されてもおかしくはない。  だから俺が仲介に入ると言ったのに!!  白の王国のΩは他の王国の王へと贈る事は一般的であるし、他の国の王も側室と他に妾を所望し、贈る事も有る。非人道的でも有るが、白の国にΩとして産まれたなら他国の王から望まれるのは誇りである。  たから黒の王国の王である漆黒が、白の王国のΩを所望する事は普通であるし、白の王国をバリアで守っているのだがら、その見返りを求めても十分である。好きなだけハーレム用にΩを贈る。  何か他に言えない秘密が有るのだろうか…… 「我が国に王が不在と言うのは危険過ぎます。バリアもいつまでもつか。恐らく王は魔法を阻害され、連絡手段も無い様です。全く本当にこんな事は前代未聞なので対処のしようが無いのですが、何が何でも白の王国から王を救い出さなければなりません」  切羽詰まった様に言う羊。 「解ってます。私を連れて行ってください」  兎に角色々聞きたいが、今は漆黒を助け出すのが先決である。  見取り図より自分が直接行った方が話になるだろう。 「それは出来ません」  だが羊にキッパリ断られた。 「何でです! 見取り図を書くより私が行った方が……」 「記憶に残らないです!」 「えっ……」  記憶に残らない? 「黒の王国から白の王国に行く時、人間ではその記憶を残せないのです。裏柳様は王を忘れてしまうのです」 「そんな……」  さっきの話では、漆黒の子供を身籠ったら白の王国に帰されると言っていた。と、言うことは、漆黒の事も忘れてしまうと言う事ではないか。  いや、そうだ。確か、錫は出生が定かでは無く、母親からも疎まれていた。  それは黒の王国で望まぬ子供を身籠ったからではなく、黒の王国の事すら解らず、気付いたら妊娠していたと言うことである。  それは恐ろしいだろう。  記憶に無いのに腹に子供が居たとなれば……  だけど…… 「私は漆黒の事を覚えていました!」  皆が錫を忘れてしまったが、自分だけは覚えていた。同じ原理ならば、きっと自分は漆黒を忘れたりしない筈だ。 「どういう事ですか?」  羊は意味が解らないという顔だ。 「漆黒が白の王国に居た時の事を私は覚えています。錫と言う名前で、仲良くしていて、結婚の約束までしました。確かです」 「ああ、なるほど……」  羊は裏柳の話を聞いて、漆黒が裏柳に固執していた理由を知った。  「ですが、何度も記憶が残せるとは限りません。確かに中には記憶を残す者もおりますが、事例が少なく定かでは無い為、分かりませんが、もし残せなかったら失った記憶を戻す方法は無いのです」 「うっ……」  試してみるのにはリスクが高すぎるか……  これは確かに、白の王国へ黒の王国から使者などを送り、話し合ったところでどうにもならない話しである。  記憶に残らないのだから。  漆黒が俺の仲介を断るのも頷けた。  よく考えれば端々で言っていた様な気がするし、少し考えれば解ったようなものであるが、自分もあまりの事に、深く考えたく無かったのかもしれない。  問題の闇が深すぎる。 「裏柳様、兎に角、見取り図を…… 漆黒様は怪我をされているかも知れません」 「えっ!?」  虎は泣きながら漆黒の血の匂いがするのだと言う。 「聡明な王の事なので、虎に知らせる為に態と怪我をなされているとも思いますが……」 「だとしても怪我をされていることは間違い無いんだぞ! 白の王国の奴が手当してくれるとも思えねぇだろう!!」 「ちょと私に怒鳴らないで下さいよ。食べられそうで怖いですよ!」  虎と羊がまた喧嘩をはじめそうなので、裏柳がまあまあと手で静しつつ、二人の間に体を割り込ませる。  羊が虎に食べられたら困る。 「兎に角、見取り図を書いた上で私も行きましょう」  やはり、ここは一刻を争う。 「裏柳様」 「忘れてしまうのは覚悟の上です。見取り図は書きますが、細かい隠し通路等私が行った方が解りやすいので」  兎に角時間が惜しかった。  裏柳は手早く紙に見取り図を書く。  忘れても良い様に出来るだけ細かく記す。  だが、自分が行けば指紋や、目、声紋等で開けられる場所へも無理せずに入り込めるのだ。  今一度だけでも良い。  記憶が残ってくれる事を祈るばかりだ。

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