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第37話

 何だか体が熱い、目眩までする。  何だこれは……  漆黒は得体の知れない感覚に体を襲われていた。 「薬が効き始めたようだね」  フフッと笑う白亜が見えた。   しまったと思った。  此方へ来て耐性まで漆黒ではなく錫になってしまっていた様である。 「やはり魔法で変化をつけていたね。本当の肌の色がでてしまっているよ」  そう指摘されて気づく、褐色に変えた肌は白へと戻っていた。  変化魔法も既に解けてしまったか…… 「だけどそれだけか…… やっぱり見覚えは無いな」  白亜は漆黒の顔を見つめて思い出そうと思うが、全く記憶に無い。それでも見れば見る程憎らしく、腹立たしい。  不思議である。  漆黒は、見詰めてくる白亜を睨み返す事しか出来なかった。  吐き気がする。  駄目だ。意識が保てない。  一体、何の薬を飲まされたんだ。  漆黒の意識はだんだんと遠のいていく。 「しっかり掴まってて下さいよ!」   虎の背中にしがみつき、裏柳は白の王国に向かっていた。  バリアの薄くなっている所を抜けると言う。  一度抜けると耐久性が脆くなる為にチャンスは一度のみ。  抜けられる事を他の魔物や獣に気づかれる前に戻って来なければならない。 「ここは……」  バリア付近まで近づくと風景に見覚えがある。  迷いの森だ。入った者を、迷わせる森と言われ、入る事を許されない森。入ったとしても、直ぐに気づくと知らぬ場所に出されてしまう森だ。  その中に黒の王国はあったのか。   森を抜けると直ぐ城である。 「バリアを抜けます!」 「はい!」  虎の掛け声に返事をする裏柳。  息を飲んだ。 「裏柳様、記憶はありますか?」  走り続けながら裏柳の様子を確かめる虎。 「ある。一旦立ち止まって下さい」  もう城は目の前だ。  もう少し抵抗か何かを感じると思ったが、何の異変も感じる事なくバリアを抜ける事が出来た。 「ここから右に百メートル。隠し通路が有ります」  牢屋に通じる通路だ。  覚えていた。  裏柳はホッとして、虎に指示を出すのだった。  隠し通路の洞穴を抜ける。  牢屋の手前に頑丈な鉄の扉が有るが、パスワードと、顔認証で開ける事が出来た。 「裏柳様!!??」  牢屋番が直ぐに反応し、裏柳に驚きつつ道を開けた。 「裏柳!?」  鉄格子の側に白亜が見える。  白亜の方も此方を向き、驚いた顔をすした。  裏柳は白亜よりも向こうの漆黒が気になり、駆け寄る。  水をかけられたのか、びしょ濡れである。  顔は真っ赤で熱っぽく、荒い息だ。 「彼に何をしたんですか!?」  裏柳はキッと白亜を睨む。 「裏柳! 裏柳! 本当に裏柳!? ああ、裏柳だ。裏柳!」 「話を聞いて下さい! この者に飲ませた薬は何かと聞いているんだ!」  白亜には裏柳しか見えない様で、裏柳を抱きしめ、喜んでいる。  裏柳が声を荒げても「何を怒っているんだい?」と首を傾げるだけで話になりそうにない。 「離して下さい」 「離さない。僕の裏柳。やっと帰って来てくれた」 「私は貴方の物じゃない!」  強く抱きしめられ、漆黒の詳細な様子も確認出来ない。  白の王国で拷問に使う薬と言えば、自白剤か媚薬である。どちらも使われていそうだ。 「裏柳? 裏柳?」  少し意識が戻ったのか、漆黒が裏柳の名前を呟く。 「漆黒、大丈夫か?」 「ん、大丈夫。何もされてない」  微かに笑ってみせる漆黒であるが、大丈夫そうではない。  体に力が入っていない。  それでも怠そうな手を裏柳に伸ばした。 「汚らしい手で裏柳に触れるな!」  途端に激怒する白亜、漆黒の手を蹴り払う。 「うっ……」  倒れ込む漆黒。 「漆黒! 何て事をするんだ白亜、離せ!!」 「何故そんな乱暴な口調を聞くんだい? あの男におかしくされてしまったんだね。可哀想に僕の裏柳」 「おかしくなってるのはお前だろう!」  白亜は離してくれない上に話にならない。流石に気持ち悪くなってきた。  虎は漆黒に駆け寄り、抱き上げようとするが、 「嫌だ! 触るな!!」  そう、漆黒が嫌がるので手が出せないでいた。  薬の影響で敏感になってしまっているのだろう。  恐怖を覚えるのか、漆黒は小刻みに震えてしまっていた。  今すぐ抱きしめたいが、白亜が呼んだと思われる応援まで駆けつけてしまった。  もう仕方ない。  このままだと逃げられなくなる。 「虎、漆黒だけ連れて逃げろ!」  そう指示を出すしか無かった。  今の所、白亜の目は此方にしか向いていない。  応援に命令した事も恐らくは自分の保護である。  今、目が全て此方を向いている間なら二人は逃がせる。 「裏柳様……」 「良いから早くしろ!」   一瞬戸惑う素振りを見せた虎だが、裏柳の声に覚悟を決めて漆黒を抱き上げる。 「うわぁぁ!! やめろぉ! 裏柳! 裏柳!!!」  嫌がる漆黒を無理矢理抱きかかえた虎はめちゃくちゃ漆黒に殴られている上に漆黒も恐怖から泣き喚いてしてしまっている。  二人共可哀想であるが、今は耐えて欲しい。 「必ずや迎えに来ます!!」  虎はそれだけ言うと、応援の部隊を押しのけ来た道を引き返した。  洞窟を抜ければ直ぐに迷いの森。バリアさえ抜ければ此方からの追っ手は撒ける。 「裏柳〜裏柳〜!! うわぁぁんーー!」  漆黒の叫び声が遠ざかって行く。  自分を保護する為の部隊から何人か分かれて虎と漆黒に追手となった。  無事に逃げられる事を祈るしか無かった。  

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