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第46話
結局、裏柳は朝食に手を付けられず、ワニには申し訳ない事をしてしまったと思いつつも、女性のΩが閉じ込められている部屋へ朝食を持っていく。
部屋の前まで漆黒が連れて来てくれた。彼は何処へでも瞬間移動が出来る様だ。
並外れた魔力の持ち主らしい。
裏柳は部屋の扉をノックすると、扉を開けて中に入る。
可哀想に、部屋の隅でカタカタと震えている女性が見える。
確か名前は……
「桃さん、でしたよね?」
そう彼女の名前を思い出して呼ぶ。
「裏柳様…… ですか?」
向こうも此方に気づいた様で、顔を上げてくれた。
認識してくれた様だ。
「朝食だそうです」
テーブルの上に食事を置いた。
「何故? 裏柳様も捕まってしまわれたのですか? 何て事でしょう。裏柳様は白亜様と御結婚されたばかりだと言うのに……」
桃は食事には見向きもせず、裏柳を心配する。
まだ恐怖は取れておらず、ブルブル震えてしまっていた。
「大丈夫です。と、言うか、私は逃げて来てしまったので。彼は助けてくれたのです。顔は怖いですが、仮面の様ですよ。素顔はとても美人で驚きます。悪い人では無さそうなので貴女も怖がらないで下さいね」
裏柳は桃が可哀想になり、抱きしめると背中を擦る。
「あの化け物に洗脳されてしまったのですか!?」
桃は余計怖くなってしまった様だ。
「いえ、違うのです」
と、言っても信じて貰えそうに無い。
「裏柳様は白亜様と愛し合っておられました。白亜様がきっと悲しんでいます。裏柳様が神隠しに遭われた時も他国に頼んで無理な難題を課せられてまで必死にお探しになられておられたのです。やっと帰ってこられて、白亜様もあんなに喜んでおられたのに…… こんなの白亜様がお可哀想で」
桃は白亜を思ってか、ポロポロ泣き出してしまった。
確かに、裏柳も白亜の事を考えると申し訳なくなる。
そんなに必死になって探してくれていたと言うのに、裏切ってしまった様なものだ。
恋愛感情を持って見る事は出来ず、夜の営み等吐き気を感じる殆ど嫌であったが、裏柳にとって白亜は大事な家族、弟の様なものである。大事な人だと言う事に変わりは無いのだ。
何とか話し合って分かり合いたいとは思う。
「そうですね……」
そう、返事をし、裏柳は桃の背中を撫でた。
「桃さん、腹が減っては戦はできぬと言いますし、取り敢えず朝飯を食べませんか?」
「……とても食欲がありません」
「そうですか……」
自分も食欲が無く、食事をしなかった手前、無理強いする訳にもいかない。
食べられない時は食べられないのだ。仕方ない。
「お腹が減ったら食べて下さい。私は話を聞いてきます」
桃に食事を運んだ後、漆黒達から詳しい話を聞く予定であった。
「嫌です! 行かないで下さい。裏柳様の貞操は私がお守りします! 裏柳様に化け物の子供を孕まされるぐらいならば私が孕まされますから安心してください!」
「いえ、あの私は……」
必死に守ってくれようとする桃であるが、裏柳としては孕ませてくれるならば孕まされたいぐらいである。
出会ったばかりだと言うのに、自分はきっと漆黒を愛していしまっているのだ。
一目惚れである。あんな怖い顔に一目惚れと言うのも変であるが、一目惚れしてしまったのは仕方ない。
何だか知らないが、漆黒の側に居ると凄く安心し、心が安らぐのである。
手をずっと握っていて欲しいぐらいである。
記憶がないから解らないが、きっと以前の自分も漆黒にベタ惚れだったのだろう。
もしかしてΩとして未熟である自分を漆黒は間違えて連れ去ってしまい、無駄に惚れられて面倒になり、一度白の王国に帰して、この有能なΩを連れ去ったのだろうか。
そうだとしたら悲しい。
泣きながら全裸で逃げ回っている事に気付いて助けに来てくれたのであろうか。
優しいな。
「裏柳、そろそろ良いか?」
部屋の外から漆黒の声が聞こえる。
「ごめんなさい。私、行きますね」
桃にそう声をかけるが、離してくれそうにない。
困ってしまった。
「失礼するぞ」
漆黒は、なかなか出てこない裏柳に痺れを切らせて中に入る。
「裏柳様は白亜様の物だ! 私が守る!!」
桃は入って来た漆黒に手当り次第に物を投げつけた。
と、言っても何も無い部屋である。
投げる物と言ったらさっき裏柳が持ってきた朝食ぐらいな物だ。
桃が手に持ったのはフォークであった。
「危ない!」
咄嗟に体が動き、裏柳は漆黒を庇う。
「裏柳!」
フォークやらナイフやら飛んで来たが、全て漆黒が振り払ったので裏柳にも怪我は無かった。
よく考えたら余計な事をしてしまったと思う。
この人は万能なので怪我なんてしないんだ。
そんな事より投げた方の桃に割れた食器の破片が飛んだ様で、太腿から血を流しているのが見える。
「大丈夫か?」
漆黒も心配した様で桃の側に寄った。
「化け物め! よくも裏柳様を洗脳したな!」
桃は恨みに満ちた瞳で漆黒を睨むと、手に触れた破片を掴み漆黒の胸に突き刺そうとする。
「止めろ。テメェの手が切れるだけだぞ」
漆黒は桃の手を掴むと破片を叩き落とし、魔法で散らばった物を片づけた。
「あんまり治癒系の魔法は得意じゃねぇんだけどな」
漆黒は、桃の手を掴み、太腿に手をかざす。
血が止まり、怪我が薄くなっていった。
「やっぱり綺麗は治せねぇな。これが限度だ」
痕は残っているが、問題無い程度に治せていた。
「痛みも少し残ってるだろうが、そのうち引くからな」
漆黒は桃に微笑みかける。
今は仮面をしているから、笑いかけても怖いだけだが……
仮面を取っていたら、きっと桃も漆黒を好きになってしまっていただろう。
そう思うと嫌だと思った。
「漆黒様、申し訳ありません。桃が誤解をしてしまいまして」
慌てて謝る裏柳。
「いや、大丈夫だ。桃って言うのか。可愛い名前だな」
「っ……」
桃も助けたれ、漆黒がそんかに悪い人では無いと思ったのか、反応に困っている。
「一旦、裏柳と話が有るから連れ出すが、不安ならば一緒に過ごしても構わないぞ。俺としてはお前は国に返してやりてぇんだけどさ、側近の奴らが煩くて。何とか言いくるめるから待っていてくれ」
漆黒は桃を怖がらせない様に話しかけ、裏柳の手を掴む。
桃はコクコク頷いていた。
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