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3.大事な大事なご主人様4
「田中を呼んでくれ」
電話を切って少しすると、コンコンとノックの音がして静かに扉が開いた。これまた上品なスーツに身を包んだ初老の男性が立っていた。社長の秘書をしている人物だろうか。
「お呼びでしょうか」
「これを頼む」
「かしこまりました」
名刺を受け取って彼はすぐに部屋を出た。そして、しばらく待つと今度は電話の子機を持ってやって来た。
「七海様、お電話です」
「え……俺に、ですか?」
何がなんだかわからないまま電話に出る。
『あ、七海の息子さん? ××金融の村上ですけど、ついさっき500万円とその利息分、きっちりお支払い頂きましたー。毎度ありがとうございます。またお待ちしてますー』
ガチャリ、と電話が切れた。
「…………え?」
急な展開に頭が追いつかず助けを求めるように社長の方を向くと、彼は楽しげにニヤリと笑った。
「これで懸念点は無くなったんじゃないかな。さっきの話、受けてくれるかい?」
「……はい。あ、ありがとう、ございます」
「ほんとか?! 七海、うちにきてくれるのか?!」
ついさっきまで泣きそうだった晴太郎は、眩しいほどの笑顔になった。七海が来ることがそんなに嬉しいのか、七海のもとまで駆け寄って抱き着いた。
一連の嘘のような出来事に、頭の処理が追い付かない。昨日までのドン底生活から一変、借金は全て払い終え、学校も通い続けられる。暗くて寒い家から豪邸の一室への引っ越し。そして、平凡な高校生から超有名企業社長の御曹司の教育係へ。
「七海、七海! どうしたんだ? ぼーっとしすぎだぞ」
「夢、なんじゃないかと……」
「なんだ、信じられないのか? ほら!」
晴太郎は七海の膝の上によじ登り向かい合うと、ぱちん、と小さな両手で七海の頬を思い切り叩いた。
「……い、痛い」
「いたいとゆめじゃないんだぞ! 知ってたか……わっ、泣いてるのか?! すまん、つよくたたきすぎた!」
夢ではないと分かったらぽろぽろと涙が溢れて来た。溢れた涙は七海の頬と晴太郎の手を濡らす。今日は彼の前で泣いてばかりだ。
「ごめん、ごめん! 泣くなよおーっ、おまえが、泣くと、おれ、もっ、ないちゃう、だろっ!」
大きな瞳が潤んで、大粒の涙が溢れ出た。どうしてこの少年は自分につられて泣いてしまうのだろうか。
今度は七海があたふたする番だ。
眉を寄せてぐずぐずと花を啜る姿を見ていると、どうしたら良いか分からなくてその小さな身体を抱き寄せた。
「な、七海?」
「……っ、すみません、泣かないで」
「ううっ、おまえも、泣くなよ!」
ドン底から救ってくれた小さな神様は、七海の腕の中にすっぽりと収まってしまうほどまだ幼い少年。
手を差し伸べてくれたのはただの気紛れかもしれない。けれども、救われた事実は変わらない。この少年のために、この子の幸せのために生きていこうと、そう誓った。
「七海君、晴太郎を頼むよ」
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