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9.甘いもの7
「そういえば、ずっと甘い匂いしてるんだけど、なんか作ったのか?」
「え……あっ、ケーキ……」
「えっ、ケーキ?」
晴太郎の手作りケーキに感動しすぎて、自分でケーキを焼いていたことを忘れていた。キッチンに行きオーブンを覗き込むと、いい具合に出来上がってきた。
「七海もケーキ作ったのか。わ、美味そう!」
七海について来た晴太郎も一緒にオーブンを覗く。目をキラキラさせながら、七海の作ったケーキを見ていた。
「私のヤツは後でいいですから、坊ちゃんが作ったのを先に……」
「いや、俺はこっちがいい」
「え?」
「俺は七海が作ったヤツ食べたい」
駄目か、と上目遣いで七海を見ながらコテンと首を傾げる。いつの間にどうしてこんなにおねだりが上手になってしまったのか。まだパウダーシュガーをかけていないし冷やしていないので完成とは言えないが、途中で食べても問題はない。
オーブンから取り出して1ピースだけ切って皿へ。晴太郎が作ったケーキも箱から出して皿に乗せる。彼が気に入っているハーブティーを用意して、ダイニングテーブルへ運ぶ。フォークは晴太郎が準備して置いてくれた。
「いただきまーす!」
「頂きます」
さっそく七海のケーキを口へ運ぶ晴太郎を見守ってから、七海は晴太郎のケーキを口へ運ぶ。ぱくり、と大きく一口齧ると、しっとりとしたスポンジの食感、濃厚なチョコレートの甘さが口いっぱいに広がる。
決して見た目が良いと言われるような物では無かったが、七海にとっては今まで食べたどのケーキよりも甘く、美味しかった。
ふと正面にいる晴太郎を見ると、少し緊張したような顔でじっと七海の様子を見ていた。
「ど、どうだ?」
「とても美味しいですよ」
「そっか! よかったー!」
安心したのか、それとも七海に褒めてもらえて嬉しいのか、晴太郎がにこりと笑った。その笑顔に釣られて、七海もにこりと笑う。やはり彼のそばに居ると表情が柔らかくなる。いつの間にか、自然と笑顔になる。
晴太郎も七海の真似をして、大きく口を開けてぱくりと一口齧る。しかし晴太郎の小さな口では七海のように綺麗に食べられず、ぼろぼろと溢れてしまう。口の端に、ケーキのスポンジのかけらが付いていた。幼い頃の彼の姿と重なり、とても懐かしくて微笑ましい気持ちになる。
「坊ちゃん、口に付いてますよ」
「ん、どこ?」
幼い頃の彼の姿と重なり、微笑ましい気持ちになる。昔から変わらないな、と彼の口元に手を伸ばしスポンジを取って自身の口へ運ぶ。
「あ、えっ? な、七海?」
ひっくり返ったような、上擦った声を出した晴太郎の方に視線を向けると、彼の顔は煙が出て来そうなほど真っ赤に染まっていた。
「坊ちゃん、どうしました?」
「ど、したって……お、お前……それ、誰にでも、やる、のか?」
「…………え?」
耳まで真っ赤にして俯いてしまった晴太郎が、声を震わせながら言った。
何も考えずに自然にやってしまったことだが、目の前の彼にそんなに照れられてしまうと、何だかこちらも急に恥ずかしくなってくる。ドキドキと心臓が煩いくらいに音を立てて動いている。
「いえ、その……坊ちゃんにだけ、です」
「…………ずるい」
消え入りそうな声量でぽつりと言うと、晴太郎は緩くなった紅茶を一気に飲み干した。
「……おかわりくれ!」
「は、はい!」
顔の周りが熱い。きっと今自分の顔は正面にいる晴太郎に負けないくらいに真っ赤になっている。逃げるように彼のカップを持ってキッチンへ向かった。
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