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11.家族の集まり2

「先程、社長からお電話がありました」 「父さんから?」 「家族旅行忘れるなよ、と仰っていました」 「あー、大丈夫、覚えてる!」  社長からの電話は、以前から計画していた家族旅行についてだった。  上の姉の婚約祝い、そして下の兄姉の大学卒業祝いを兼ねて1泊2日の温泉旅行に行こうという話をずっと前からしていた。それが来週の土日についに決行される。もちろん、彼らの身の回りの世話をする人物が必要なので、七海たち従者も付いて行く。 「何処に行くんだっけ?」 「松島です」 「へえー、遠いなあ。宮城だよな? 東北なんて初めて行くぞ」 「東北……私も無いですね」  七海と晴太郎は大抵一緒に行動しているので、晴太郎が行ったことが無い場所は七海も行ったことが無い。晴太郎に出会う前も、あちこち旅行に行くような家庭では無かったので、遠くにはほとんど行ったことがない。 「温泉かー、楽しみだなあー!」  わくわくした様子で晴太郎がギターの弦を弄りながら呟く。いくら弦を弾いてもアンプにはヘッドフォンが繋がっているので、音は聞こえない。 「もうひとつ、よろしいですか?」 「うん、なんだ?」 「春の演奏会についてです」 「演奏会……ああ、もうそんな時期かー……」  もつひとつの用事は、晴太郎にとってあまり良いものではない。演奏会、という単語を聞いて眉間に皺を寄せた。  毎年3月の終わりに、中条ホールディングスが主催するコンサートが開かれる。通称、春の演奏会。晴太郎もピアノを弾かなくなる前までは毎年参加し、そこでピアノを演奏していたのだが、ここ2年程は参加を断っている。 「うーん……それってすぐに返事しないと駄目なやつ?」 「いえ、3月頭くらいまでは待てますが……」  本当は社長や副社長から、晴太郎が演奏会に出席するように説得しろと言われている。しかし、七海は晴太郎の意思を尊重したい。嫌なものを無理やりさせるのも可哀想だ。 「七海は……俺のピアノ、聴きたいか?」  晴太郎の瞳に、少し不安の色が見えた。やはり、彼はピアノを演奏する事に対して、何か思う事があるのだ。 「もちろんです。私はあまり音楽に詳しくないですが、坊ちゃんのピアノは特別です」  これは七海の本心だ。実際、毎年春の演奏会で晴太郎のピアノを聴くのが楽しみだった。それに、七海は晴太郎がしっかり努力して上達していることも知っていた。だからこそ、大きなステージで彼の演奏を聴くのが好きだった。 「本当に俺のピアノ?」  まだ不安の残る瞳で七海を見上げた。これは七海の推測でしかないが、晴太郎は彼自身のピアノを聴いて欲しいと思っている。彼が奏でる音の奥に、他の人の影を見ないで欲しいのだ。だから"俺のピアノ"と、晴太郎は七海に言うのだ。

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