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11.家族の集まり3

 そして、七海が思う"他の人の影"は、晴太郎の母親だ。晴太郎の演奏は、有名なピアニストであった晴太郎の母親のものにそっくりらしい。晴太郎の中に、彼の母親の姿を見る人たちが居る。晴太郎はそれがあまり気に入らないようだ。 「申し訳ありませんが、私は坊ちゃんのお母様を知らないのです。私が聴きたいのはお母様のピアノではなく、坊ちゃんのピアノです」  音楽に興味がなかった七海は、本当に彼の母親を知らない。有名なピアニストと言われてもピンとこない。真面目にピアノの演奏を聴いたのは晴太郎のものが初めてだ。 「そっか……うーん……出てみよっかな……でも、練習してないしなあ……」 「えっ?」 「いや、やっぱりちょっと考えさせてくれ。後で返事するから」  意外と前向きな答えが返ってきて七海は驚いた。てっきり今年も欠場するものだと思っていた。晴太郎が良いのなら七海も嬉しいが、本当に大丈夫なのか、無理をしていないのか少し心配になってしまう。 「七海が、聴きたいって言ってくれたし……ちょっと、頑張ってみようかなー……なんて……」  照れ臭そうに視線をうろうろさせながらそう言った晴太郎。その反応に、自分は割と恥ずかしいことを言ってしまったのではないかと少し後悔した。だんだん恥ずかしくなってきてしまい、コホン、と軽く咳払いをして誤魔化す。 「あと、七海!」 「はい?」 「その……名前で呼べって、言っただろ」  ついに照れ臭さで顔を赤くしてしまった主人に、胸がぎゅっと締まった。そんな顔するなら、言わなければ良いのに。 「は、はい。晴太郎……様……」 「さま……様、かー……まあ、いいか」  晴太郎は納得していなかったようだが、主人を呼び捨てになんか出来るわけがないのでこれで勘弁して欲しい。そもそも、もう10年も坊ちゃん呼びをしているのだ。急に名前で呼べと命令されても、なかなか直らない。  あの日から晴太郎との関係に変化が訪れた。明らかにスキンシップが増えた。元々抱きつかれる事はたまにあったが、それが増えた。触れる事が多くなった。意味がないのに、手を握ったり髪を撫でたり。しかし、相変わらず2人の間に明確な言葉はない。距離が縮んだのか捻れてしまったのか、よく分からない。    キスは、あの日以来していない。してはいけないと思っている。これ以上踏み込んでしまったら、互いが互いを離せなくなる。明確な言葉を欲してしまう。そうしたら、傍でお仕え出来なくなってしまう。だから、絶対にしてはいけない。

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