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19.会いたかった3

* 「七海さん、今日も残業していくんですか? 納会の日くらい、早く帰っても誰も文句言いませんよー?」 「山田くんも、残っているじゃないですか」 「俺は七海さんと違って、仕事が出来ないから残らないといけないんですよ! 七海さんみたいに仕事捌けたら速攻帰ってますって!」 「……手伝いましょうか?」 「マジっすか? お願いします……」  今年最後の仕事日。定時の18時を過ぎてもフロアに居るのは、七海と部下の山田だけだ。明日から年末年始休みが始まる。他の社員たちは明日からの長期休暇に備え、さっさと切り上げて帰ってしまった。  きっと普通の人は帰省や旅行など、明日から予定があるのだ。一緒に残業している山田も、仕事が片付いたら友人たちの忘年会へ行くと言っていた。 「予定があるんですよね? あとは私が引き継ぎますので、帰っても大丈夫ですよ」 「えっ、いやいや! 手伝ってもらえるだけで十分ですよ。さすがに帰れません。七海さんも、予定あるんじゃないですか?」 「いいえ、私は何も……」 「いや、でも……二人でやった方が楽ですし、予定無くても早く帰って休みましょう! ね!」 「……はい、そうしましょう」  彼はお世辞にも仕事ができるとは言えないが、愛嬌があるし、周りの人に気を遣える。自分も同じなのに残業続きの七海のことを気に掛けてくれているようだ。若いのにすごいな、と七海は思う。 「七海さんって、東京にいたんですよね?」 「はい、そうですよ」 「いいなー、東京憧れなんですよね〜。この会社に入ったらワンチャン東京行けると思ったんですけど、そううまく行きませんね」  二人で黙って仕事を片付けていると、不意に山田が声を掛けてきた。異動で東京に行くチャンスを狙っているらしいが、この仙台支店の状況ではしばらく無理だろう。 「七海さん、東京にいた時、彼女に振られて異動したって言われてますけど、その話って本当なんですか?」 「えっ?」 「あ、その……気を悪くしたなら、すみません!」 「いいえ……急だったので、驚いただけです」  そう噂されているのは知っていたが、直接聞かれたのは初めてだった。 「少し、違いますね」 「えっ、違うんですか!」 「付き合っていなかったので、彼女ではないですね」  正確には、相手は男だったので彼女というのも間違っているが、そこは言う必要がないだろう。 「好きな相手はいたけど、付き合ってなかったってことですか? なんで?」 「相手の方の家がお金持ちでしっかりした家だったので、ご家族の許可が出なかったんです」 「ええーっ、マジっすか?! いやあ、今時そんなことあるんですねー」  少し濁してはいるが、嘘は言っていないはず。相手が中条家の人だった、なんてことは絶対に言えない。 「えー、七海さんかっこよくて優しいし、仕事できるし、背高いしイケメンなのに……」 「……褒めても何も出ませんよ?」 「なんで許してもらえなかったんですか?」 「それは……どうしてでしょうね……」  その問いにだけは、答えられなかった。  許されなかった理由は、七海もその相手——晴太郎も男だったから。未来ある中条家の御曹司に、同性のパートナーは必要ない。

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