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19.会いたかった5
「あ、雪降ってますね」
残業を終え、会社を出ると雪が降り出した。しんしんと静かに降る大粒の雪は、地面や建物を白く彩っていく。
「あー、これ積もるやつっすね。七海さん、気を付けて帰ってくださいね。東京人は雪舐めてますから」
「もう2年目なので、さすがに大丈夫ですよ」
「去年、スノーブラシが無いって言って、傘で車の雪落としてましたもんね」
「……そんなことありましたね。今年はちゃんと買ったので、大丈夫です」
去年、雪国で初めて冬を過ごした七海は、ものすごく苦労した。雪かきをする道具なんて一切持っていないし、雪の上を歩くための靴も持っていなかった。革靴で滑って転んだり、霜焼けで痛い思い目にあった。周りの人に助けられてなんとかなったが、もうあんな思いはしたくない。今年は冬に入る前に道具も靴も買ったので、準備はばっちりだ。
「でも、マジで気をつけて帰ってくださいね。じゃあ、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様でした。良いお年を」
今年最後の挨拶を済ませ、各々帰ることになった。
七海は車通勤のため、駐車場へ向かう。会社の平置き駐車場は外にある。出勤したときは雪が降っていなかったが、念のためにとワイパーを上げていてよかったかもしれない。うっすらと車に雪が積もっていた。買ったばかりのスノーブラシで軽く雪を落とし、車に乗り込んだ。
七海の自宅は車で15分ほど走った場所にあるアパートだ。大した距離ではないため、すぐに自宅に着いた。
アパートの駐車場に車を止めて、階段を登る。2階に着くと、七海は足を止めた。
一番奥の自室の前に、誰かいる。誰も来る予定はないはずだ。
その人物は、部屋の扉に背中を預けるようにしてしゃがみ込んでいる。雪国には似つかわしくない、薄手のコートとスニーカー。顔はフードですっぽり覆われているせいでよく見えない。
警察を呼ぼうか迷ったが、呼ばなかった。遠目から見ても、自分より小柄だということが分かったからだ。トラブルが起きて掴み合いになっても大丈夫だろうと判断した。
コツコツ、と七海の革靴が音を立てる。
部屋の前にいる人物は、背中を丸め、自分を抱きかかえるようにして小さくなっていた。きっと寒いのだ。肩が小さく震えているように見える。
近くまで行って足を止める。その人はやっと七海の存在に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。
パサリ、と彼の頭からフードが落ち、顔が露わになる。
「……あ、やっと帰ってきたか」
そこには、よく見知った顔があった。
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